科学技術政策研究所の粗相を斬る(2004.2.4)




ゆとり教育を目指して、新学習指導要領を発布したかと思えば、

学力低下を指摘されて、一転指導内容を見直したりと、

文部科学省の方針が揺れに揺れている。

要は、どう指導すれば良いのか自信がないのである。

確固たるポリシーと言うものがないのだ。

だから、文部科学省管轄下の科学技術政策研究所がこんな調査を始めたりする。



読売新聞によると、

ノーベル賞や米国医学界の最高賞「ラスカー賞」といった国際的な科学賞の受賞者、世界的に注目を浴びる論文を発表した研究者など、

日本人242人にアンケートを送り、30歳代から80歳代までの108人から回答を得た。

小・中・高校時代に注目し、研究者を目指した動機を尋ねたところ、

53人が「両親や親せき、教師ら周囲の大人の話などから知的な刺激を受け、好奇心が芽生えた」との趣旨の回答を寄せた。



そして、こう結論付けている。



一流の研究者を生むのは、スパルタ教育ではなく、親や教師にはぐくまれた知的な好奇心



あのね。
























いちいち、聞かんでもわかるやろ?



俺は教育者ではないから、教育に関して偉そうなことを言うつもりはないのだが、

教育の目的というのは、決して知識を詰め込んで頭でっかちのガキを育てるのではなく、

自ら学ぼうとする意欲、知的探究心を植え付けることではなかろうか。

もっと言えば、興味のある対象をもっともっと
好きになる才能を育てる、ということになるだろうか。



学ぼうとする対象はそれこそ何でも良い。

何でも良いから、学ぼう、勉強しようとする意欲が自発的に起こるような子供を育てることが究極のゴールだと俺は思う。

何を学ぼうとするかは、子供の興味の対象によって異なるだけの話だ。

学ぶことの楽しさを教えることもなく、詰め込み、詰め込みで下らん知識を押し付けるだけだから、

いつまで経っても導いてやらないと、いや無理強いしないと学ぼうとする気にならない子供が育ってしまう。



小学生の間に知的探究心というものが備われば、それは一生光り続ける宝になる。



細胞がいくつに分裂しようが、そんなこたぁ、ほとんどの人間にとってどうでも良い話であって。

増してや中学受験に向けて、下らん受験テクニックを詰め込むことに何の意味があるというのだろうか?

俺の知り合いのクラブのママは、子供の将来の選択肢を拡げるために中学受験をさせると言ったが、

その受験準備のために、他に貴重な経験ができなくなる、致命的ともいえる機会損失という意識が飛んでしまっている。



これは俺の持論だが。

小学生のときは、徹底的に世界文学全集を読ませる。

頭の回転を良くするために、算盤を練習させる。

後は、今なら英語くらいだろうか。

これに、近所の柿の木から柿をパクッて、頑固親爺からどやされる、くらいの経験を積めば完璧だろう。



一流の研究者を生むのは、スパルタ教育ではなく、親や教師にはぐくまれた知的な好奇心



知的探究心のない人間には、やはりいちいち聞かんとわからんか・・・。

そういう人間たちが教育方針を論じているわけだから、右に行ったり、左に行ったりするのもむべなるかな・・・。



過去何十年にわたって、知的探究心をもたない人間が育てられ続け、

そういう人間が今度は教育者となって、再び負の連鎖を回し始める。



知的探究心どころか、

ここのところ、教育者の間で非常に意識が高まっているのが、




























痴的探究心とは嘆かわしい。


2002年度中にわいせつ行為で処分を受けた公立小中高校などの教師は

前年度より53人多い175人で、過去最悪を更新・・・。





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