アテネ五輪体操採点の粗相を斬る(2004.8.30)



アテネ五輪が終了した。

日本国内がメダルラッシュで湧く一方、ドーピングや採点方法を巡って、

いろんな問題も投げかけられた大会だった。



ドーピングに関する粗相を書こうか、採点方法にしようか迷ったのだが、

とりあえず今日は、体操競技の採点方法に関することを書かせていただきたい。



体操個人の種目別決勝、鉄棒競技で、

採点結果に対する大ブーイングが起きたことは、ご存知の方も多いと思う。



前回シドニー大会の覇者で、「魔術師」の異名を持つアレクセイ・ネモフ(ロシア)は、

3連続を含む6度の離れ技を見せたが、着地が乱れた。同選手の得点は9・725点。

先に演技した2人の9・787点より低かったため、観客席からは嵐のようなブーイングが起こった。

スタンド全体の抗議はやまず、次の演技者は演技を開始できなくなってしまった。


と、報道されている。



着地に若干の乱れがあったものの、大技、離れ技の連続で、

観客の印象としては、明らかにネモフ選手の競技が美しく見えたのだろう。

失敗は少ないが、派手さも少なかった他者の競技と比較し、

何故ネモフ選手の得点が低かったのか、納得がいかなかったに違いない。



しかし、ここで注意が必要なことは、体操競技の採点方法は、

多くの企業に根深く残っている、減点主義と同じ考え方を踏襲している、ということだ。

わかりやすく言うと、難しい技に果敢にチャレンジする姿勢よりも、

地味だが、失敗を極力少なくし、減点を防ぐということに重きを置かれがちなのだ。

無理して、「後方伸身2回宙返り3回ひねり下り(フェドルチェンコ)」といったような必殺技を繰り出さなくても、

D難度、E難度、あるいはスーパーE難度レベルの技をそつなく組み合わせて減点を防げば、

それだけで十分勝てる採点方法になっているのだ。



独創性や進取性。

はっきり言うと、非常に主観を伴う評価基準となる。

この主観性という問題点を排除するために、1993年に採点方法が改正された。

客観性重視の減点主義。

評価のばらつきは確かに少なくなるだろうが、

見る者を魅了するような、びっくり仰天技は採点において大きな加点ポイントにはなりえないのだ。



その改正点が浸透しきっていないから、今回のような大ブーイングに発展してしまったのだろう。

減点主義の是非について、ここで論じるつもりはないが、

問題は、ブーイングによって採点結果が変わってしまったと言うことだろう。



続いて報道を引用すると、

審判団が協議の末、ネモフの得点を9・762点に上方修正したが、それが逆に混乱に拍車を掛けることに。

ネモフがステージに上がって、観客に静粛を要請してようやく騒ぎが収まった。しかしネモフも「得点は尊重するが、

観客を欺けないことも審判員は理解するべきだ」と採点には納得していなかった。


厳密に言えば、採点のミスではなく、
採点方法自体のミスに拠るところ、と言うことになるのだろうが、

審判のとるべき態度は、何故このような採点結果になるのかをきちんと説明すべきだったのではあるまいか?



A審判二人の採点結果はこうで、これに対し、B審判6人の減点結果はこうで、結果として・・・こうなります。

と言明すべきだった。

確かにネモフ選手の演技は派手で美しく、見た目も鮮やかなのですが、

現行の採点方法では、かくかくしかじかで○点になるのです。


と、後ででも良いから説明すべきだったのだろう。



それをブーイングが起きたからと言って、審判団が集まって、

ああでもない、こうでもないと、議論を交わし、挙句の果てに中途半端な再計算。

客観性を貫くために改正までしているのに、ブーイングで簡単に点が変わる採点方法の、どこに客観性があると言うのだろう。

また、日本男子体操チームのリーダー塚原光男氏は、

「チームからの抗議で点数が変わることはあるが、ブーイングで点数が上がったことは記憶にない」と驚きながら話した。

らしいが、チームの抗議で点数が変わること自体も、明らかにおかしい話なのだ。



こんなことでは、次のオリンピックが少々心配になってくる。

4年後は、そうあの北京なのだ。

国旗掲揚の際もお構いなしにブーイングの嵐しをかます中国人たち。



この強烈な攻撃に対抗するためには、



日本人スタッフも現地に先乗りし、強烈なサポートチームを作り上げておく必要があるだろう。

何も、そんなに難しい話ではない。




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