ペットボトルリサイクルの粗相を斬る(2008.05.25)


先日あるテレビニュースで、石油メジャーの役員連中がアメリカの議会に呼び出され、

「あなた方の年収はいくらですか?」と、問いただされている場面に遭遇した。

彼らの年収は軒並み、億単位、中には十数億円という年収の役員もいた。

きっと職場に帰れば、油にまみれて一生懸命働いていらっしゃるのだろう。



わが国においても、石油価格の上昇に伴って、色んな騒動が持ち上がっている。

中でもガソリンの値動きに関する報道は、もはや日常茶飯事の状態で、

安ければ隣県にまで注ぎに行くという風景ももはや珍しいことではないらしい。

俺が大学生だった30年前は、リッター80円でレビンジュニアに注いでいたから、

ソレックスキャブレターが「コォーッ」という音を立てながらガソリンをがぶ飲みしても平気だった。

それを思い出すと、現在の170円というのは、やはり高いと言わざるを得ないだろう。



1ℓ170円、確かに高い。

が、ガソリン価格高騰をここまで騒ぐ一方で、

1ℓ300円(500mℓ150円)のペットボトル茶を黙って飲む国民性もまた理解しがたいものがある。

安いガソリンを求めて遠くまで行き、並んでまで注ぐというのに、

遥か遠くの工場で入れられた粗末な茶に、1ℓ300円も支払い、平気でガバガバ飲んでいる。


おかしいと思うのは俺だけか?


静岡の茶畑で聞いた話だが、お茶の原価は5円から7円、ここで5円と設定しよう。

ついでペットボトルの原材料費だが、某WEBサイトの情報によると、これが約10円。

これにメーカー、物流業者、小売店の人件費や維持費、廃棄ロス、さらに利益等を加算すると、

トータルで・・・・・・60円くらいになるらしい。



残りの90円?



実は、ペットボトルを作るためのエネルギー費用なのである。

つまり、我々が利便性(横着代)に支払う金が、アラブ人のベンツになり、ひいては中東の笛を鳴らす原動力となる。



こんな話を今さら俺がしなくても、ペットボトルが登場した時に、既に廃絶運動が起こっている。

こんな無駄なもの、止めましょうや、となったのだが、

それをうまくかき消したのが、業界団体であり、政・官であり、そしてメディアなのである。



そう、リサイクル、という美名を借りて。



リサイクルすれば、ムダになりませんぜ、とか言いながら、

実はこのリサイクルでペットボトル1本作るのに、ペットボトル150本分の原油が必要なのである。

馬鹿正直にリサイクルすればするほど赤字になるので、これを補填するために補助金が出る。


そんな親心を知ってか知らずか、地方自治体は、

中国に売った方が儲かるので、そのまま中国に横流し。

中国では、この世のものとは思えないような労働環境で人をこき使うから、

少々高く買い取っても、元が取れる構図になっているらしい。

まったく何のためのリサイクルなんだろうか。



早い話が、いつでも、どこでものペットボトルを買い続けることで、

ハンドボールはプロレス並みのショーと化し、、ガソリンスタンドに行列ができ、

そして中国の労働市場に蟹工船を蔓延させることなる。



レジ袋は止めましょう、とかそんなママゴトみたいなことを言うヒマがあるのなら、

コンビニにお茶を詰めた樽を置き、国民各自が水筒を持てば良いのである。


コンビニにおける樽は各メーカー2個まで、水筒は国が支給します!


油が高いとか、CO2がどうとか言う前に、これくらい男前の行動力を行政には発揮してもらいたいものである。

理屈がわかれば、「ああ、それならば」と、

率先垂範で水筒を持つくらいの知恵と文化がわが国にはあるはずである。



ペットボトルの廃止が無理なら、せめてもっとまともなリサイクル推進を政治家にお願いしたいところだが、

伊藤園のおーぃお茶が、政治家の会議テーブルに並び、

それをNHKが商品名も隠さずにテレビで報道するような状況では、これもまた難しいだろう。



ならば、リサイクルに関しては、






この達人にお願いするしか、ないではないか。





























お茶の子さいさいでございます。


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