教員採用不正問題の粗相を斬る(2008.07.17)
1981年、大学を卒業してあるメーカーに就職した俺は、
原子炉製造の工場現場に配属された。
学生気分が抜けない俺は、入社早々上司からこっぴどく叱られたこともあるし、
原子炉製造に関する新技術のプレゼンでは電力会社や当時の通産から木っ端にされた。
夜勤で、現場のオッサンたちからフクロにされかけたこともある。
ついで転職したコンサル会社では、担当役員からねちっこい可愛がりを相当受けたし、
クライアントから、「もう帰ってくれ」と言われたことも何度かある。
健康食品の通販会社では、車で3時間も走ってお客の家を訪問し、土下座をさせられた。
パソコン教室の管理責任者をしていたときは、これまたお客の家で正座を3時間。
こんなことは俺に限った話ではなく、サラリーマンとして働いている以上、
上司や職場の仲間、取引先や競合他社、そして顧客との間でいろんな軋轢が生じ、
それを克服することを糧にして、ひとつずつ成長してくものなのである。
ところが、いわゆる「先生」と呼ばれる職にある場合は、このような軋轢が相対的にかなり少ない。
政治家の先生、弁護士の先生、病院の先生、塾の先生、そして学校の先生。
わかりやすく言うと「頭を下げる場面」が圧倒的に少ないのだ。
政治家の先生は頭を下げるではないか、と言うかもしれないが、あれは政治家になる前までの話である。
特に学校の先生の場合は、対象となるのが多くの場合「お子さん」である。
教室と言う非常に閉鎖的な空間の中で、学校出たてのボンボンがいきなり「王様」になるのである。
最近ではモンスターペアレントとかで、ストレスを感じ、うつを発症する先生も多いらしいが、
企業社会にうごめくモンスターと比較すれば、そりゃ可愛いもんだろう。
いざとなれば「子供」という人質もとれるわけである。
このような特殊な環境で、社会人生活を送り続けると、一般の社会人と比べて、
かなり変わった常識を有する人間ができあがる。
なんせ、お客の方から中元、歳暮が届く世界なのである。
おかしくならない方が、おかしいと俺は思う。
本人たちは、おそらくそんな自覚はないであろう。
そこが一番の問題と言えば、問題なんだろうが。
教育委員会も含め、いわゆる先生社会は、非常に特殊な社会なのである。
教員採用試験の不正行為など、彼らの中では常識なのである。
付け届けが多いほど、厚遇してあげるというのは、彼らに刷り込まれたいわば本能と言っても良い。
こんなことは、昨日、今日始まったことではないし、大分県に限った話ではないだろう。
県議が絡んでいる、と言われたって、別段驚くことでもなんでもない。
このような騒ぎになること自体、彼らにとっては驚きであるに違いない。
なんせ、特殊な社会に生きる人たちなんだから。
またこのような「変わった常識」を持つ人たちの問題解決策も、非常に面白い。
不正が発覚した教師は、解雇するという方向で動いているらしい。
当然「教師不適」という形で学校を去ることになるのだが、
その教師不適の先生に教えられていた子供たちの心象はいかがなものであろう。
駄目な教師に今まで教わってきたものは、いったい何だったのだろうか?
という疑念が、子供心にも残ってしまう、ということを配慮しなければならない。
そのあたりの配慮、わかりやすく言うと、顧客に対する配慮がスコーンと抜けていらっしゃる。
また教師不適と言えども、子供との心の交流と言うものがあったはずである。
中には、憧れの先生になっている不適教師もいるだろう。
そんなものを全て、ナタかなんかでぶった切ろうとしているのが、今回の処分なのである。
下手をすると、心に傷を残す子供も出てくるかもしれない。
お別れのシーンを思い浮かべただけで少々心が痛くなる。
とは言っても、問題の禍根は、ここで綺麗に断ち切っておかねばならないわけで。
そこで、参考になるのが、昨今話題になっている裁判員制度。
クラス委員A君:
これから学級裁判を行います。
被告人、前へ。
それでは、先生が辞めるのに反対の人、挙手願います。

先生、残念ですが・・・。
これが民主主義である。
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