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ファンの望むもの



スペインリーグ、レアルマドリードの試合を見た。

ロナウド、ジダン、フィーゴ、ラウル、ロペルト・カルロス。

そうそうたるメンバーが見事なまでのプレイを見せてくれる。

左サイドを駆け上がるロペルト・カルロスの速さはいまだ健在だ。



緑の芝の上を自在に走り回り、そして滑り込む。

100%のぶつかり合い。

見ていて本当に面白かった。



美しい緑の天然芝。

選手の力を100%引き出すために必要不可欠な天然芝。



どうして野球は人工芝にしてしまったのだろうか?

選手の肉体とダイナミックなプレイを犠牲にしてまで。



いや、もっと大事なものを犠牲にしてしまっていると俺は思う。



それは、華麗なプレイを期待するファンの楽しみ。


ファンも、そして選手も。

商業主義の犠牲者になってしまったのかもしれない





心からのエール



俺のサイトでは三度目の登場となる作陽高校サッカー部。

審判の誤審により、全国大会出場を阻まれた悲運のチームだ。

その作陽高校サッカー部3年生の引退試合が3月3日行われた。



相手はU20代表選手を含む、桐蔭高校サッカー部。

全国大会でベスト4となった強豪チームだ。



作陽イレブンは出場の可能性を信じて、本大会直前まで練習を続けた。

そのひたむきさに胸を打たれた関係者が、卒業のはなむけに引退試合を計画。

桐蔭学園側も快く応じた。


と報道されている。



試合こそ、1-3で敗れはしたが、関係者の心遣いに感謝する選手たちのコメントに、

またまた、胸が熱くなる思いだった。



前主将、桜内選手のコメント。

この美作(みまさか)のピッチが、僕らにとっての国立(競技場)になりました。



彼らの心の傷が癒されたのかどうかはわからない。

しかし、少なくとも俺は彼らの素直な心に救われた気分だった。

卒業生のほとんどは今後もサッカーを続けるそうだ。



そして、俺も彼らを応援し続ける。




バージョンアップ



机の周りを整理していたら、古いノートパソコンが出てきた。

CPUがSX25。

と言ってもわからない人の方が多いと思うが、

大阪日本橋で買ったノーブランド品としてはよくできたマシンだった。

確か、18万くらいしたと思う。



何の気なしに電源を入れてみる。

すると懐かしい、ウィンドウズ3.1の画面が現れた。

ファイルボックスをクリックしてみた。

クライアント先の経営診断書、経営計画書など機密書類に属するファイルが山ほどある。

これを買った当時、俺はコンサルタントをしていて、

このマシンを抱えては、名古屋以西を走り回ったものだ。



トラックボールを不器用に転がしながら、一つのファイルを開いてみた。



モノクロの画面に広がる、WORD ver6.0のロゴ。

今のバージョンから何代前になるのだろうか?

元々一太郎ユーザーだったが、論文や報告書つくりに欠かせない、

アウトライン機能が目当てでワードに鞍替えした経緯がある。



サクサク動く。

もちろんHTMLなど使えないが、文書を作る上では何の問題もない。

むしろ無駄な機能が少なく、軽快に操作できる感じさえする。

一太郎dashを使い始めたときのような感動を覚える。



ノートパソコンを閉じ、

デスクトップパソコンのワード2000を立ち上げた。

俺が使う機能は、昔となんら変わりない。



変わったもの。

それはマイクロソフトとゲイツの資産。


プレゼント



俺は時々、気に入った女性にプレゼントをすることがある。

もちろん有り余るほど金を持っているわけではないので、

誰彼となく渡すわけでもないし、高額なものをプレゼントするわけでもない。

それでも、気に入った女性にはたまにプレゼントを贈る。



プレゼントを贈る意味って何なのだろうか?

プレゼントを贈ることで相手に気にってもらいたい、

できればその女性を俺のものにしたい、

そういった願望が全くないとは言わない。



しかし、俺がプレゼントを贈る理由と言うのはもっと単純なことだ。



プレゼントを贈る。

俺のことを多少なりとも気にかけてくれている女性なら、

プレゼントを受け取った瞬間、何とも言えないような、子供のような、

嬉しそうな表情に変わる。

はにかみながら、ちょっと上目遣いで俺を見ながら、

ありがとうってつぶやく。



俺はそんな表情を見るのが大好きだ。

そして、それを見ることで俺の心はたいそう癒される。



その笑顔こそが俺にとって最大のプレゼント。

相手に対するプレゼントと言うのは、実は自分に対してのプレゼント。



プレゼントを贈ったのに、自分になびいてくれない。

それでも別に構わないじゃないか。


贈る相手がいるだけで。




商いをする場所



商売をする上においては、当然一人でも多くのお客様に来店していただかなければならない。

だから人通りが多い、いわゆる一等地に出店することが成功の大きな鍵を握ることが多い。

一方、意表をついて路地裏の目立たないところに出店し、時間をかけて評判を高めていき、

あえて客の注意を引く、という戦略をとるケースもある。

前者の例が、最近やや不調のスターバックス。

そして、後者の例が設立当初のモスバーガー。

どこに出店するかは、店舗のコンセプトによるものだから、一概にどちらが良いとか言えないが、

一般的には、人通りの多いの場所に出店するのが常道だ。



広島の八丁堀交差点。

ここは、人、自動車ともに交通量が多い、広島でも1、2を争う一等地だが、

この交差点の一角に赤ひげ薬局なる店がある。

大きな赤の看板に、

強精剤・精力剤と書いてある。



人通りの多いところに出店すれば、お客も多いだろうと考えたのかもしれないが、

さすがの俺も、足を踏み入れる勇気がない。

昼間、道路向いに立って20分ほど様子を見ていたが、

結局店に入る人間は誰もいなかった。



他にも飲屋街に消費者金融のキャッシュディスペンサーを置いたりと(これはもう潰れたが)、

購買者心理と店の場所がマッチしていないケースを見かけるたびに残念な思いがする。



商品特性と売り場とがうまくマッチすれば、途端に売れ出す商品は案外多い。

ネット環境がどんどん整備され、マーケティングの4Pの中でも今ままで末席にいた感じの、

PLACE(販売経路)が俄然脚光を浴びつつある。



何を隠そう、

ヨヨケン横丁の隠れたヒット商品も、実はアダルト関係の商品なのだ。





レベル上げ

ここへよく来られる方は、俺が中年ゲーマーであることはご存知だと思うが、

今でも時間があるときは、昔のゲームを引っ張り出しては遊ぶことが多い。

アクション系はかなり衰えてきているので、RPG系のゲームが中心だ。

中でもドラクエやファイナルファンタジー。

物忘れが激しくなってきたせいか、何度やっても新鮮味を味わうことができる。



このRPG系のゲームで欠くことができないのがレベル上げだ。

簡単に言うと、ゲームの中で対戦などによって主人公の経験値をどんどん増やし、

色んな能力をアップさせる、言ってみれば作業に近い。

しかし、このレベル上げもだんだん強くなる敵ボスを倒す、という目的があるからこそ、

楽しく、飽きることなく行うことができるのであって、

これが単にレベルを上げることにしか意識がないと、退屈なことこの上ない。



で、俺が一番面白いと感じるゲームだが。

それは実は仕事なのだ。

仕事をゲームと同じくらい、いやそれ以上に面白く感じるためには、

全ての作業が目的というものに向かっていなければならない。

ルールを熟知し、経験をつみ、色んな計略をめぐらし。

相手を倒して、陣地を広げていく。



レベル上げが目的になってしまうと、仕事は途端につまらなくなる。



そして、仕事がゲーム以上に面白く感じられるもうひとつの理由。

それは、プレイヤーとしてだけでなく、シナリオ作家としても楽しめる点だ。

日本征服どころか、世界征服だってシナリオを書くことができる。

そして、その目的に応じて、レベル上げの仕方もまた違ってくるわけだ。



但し、ゲーム感覚で仕事をするためにはそれなりの努力と、

少しばかりの能力が必要かもしれない。

しかしそれによる見返りは計り知れないほど大きい。



仕事がゲーム以上に面白い、と言えるための努力をどうか惜しまないで欲しい。




テレビの父



昨日久しぶりにNHKプロジェクトXを見た。

取り上げられたのはテレビの父といわれた高柳健次郎博士。

1926年、世界で初めてブラウン管を使った電子受像に成功し、

テレビの父として世界的に有名な技術者である。

最初の画像が「イ」という字だったという話はあまりにも有名だが、

その実験以降、実際にテレビ画像が家庭に配信されるまで30年の月日を要している。



決して楽な道のりではなかった。

技術的なことだけではなく、GHQからの研究禁止命令等、

幾多の困難を乗り越えてこられたようだ。



GHQからの研究禁止命令はテレビ技術開発が軍事技術開発につながるから、

という発想に基づいたものだが、博士はテレビこそが我々の生活をよりよくするものだ、

と粘り強く説得し、ついに研究再開にこぎつけた。



しかし、今度は博士とその研究チームを引き受ける会社がない。

ようやく引き受けてくれたビクターは当時戦災によって設備のほとんどを失っていたし、

何より資金が枯渇していた。



そこで起こした、高柳博士の行動。

日本中のメーカーに共同開発の話を持ちかけた。

そして、東芝、シャープ、NHKなど多くの会社、多くのエンジニアが続々と博士の下に集まった。



テレビ画像の配信はこうした高柳博士の強力なリーダーシップ、

そしてそこに集まったエンジニアたちの努力の賜物なのであるが、

俺自身一番強く印象を受けたのは、

何かを成し遂げたい、あるいは成し遂げなければならないという強い思い、

つまりビジョンこそが全て、そして、

ビジョンこそが何ものにも勝る原動力になるということだ。

逆にいえばビジョンのない仕事など、いかに非力であるかということである。



自分は、テレビ画像を家庭に配信したい、テレビこそが我々の生活をより豊かにするのだ・・・。

そのためにはできること全てをやり尽くす。

メーカー間の障壁など、何の制約にもならない。

ビジョンの実現に向かって、ガンガン突き進んでいく。



党利党略。

言い逃れ答弁。

見苦しい奴が多すぎる。



ビジョンを掲げ、不退転の覚悟で突き進む人間は本当に美しい。






ネーミング


先日、スカイラインの話をしたばかりで恐縮だが、

今日は車のネーミングについて。



どうして、英語なのだろう?

世界的に売るため?

いや、国内と海外とで車名の違う車は多い。

ダサいから?

確かに、昔の戦闘機のように、

隼、飛燕、紫電、雷電、月光、とか言われると、

ちょっとイメージしにくい面があると思うが、

例えば32トントレーラーが富嶽(大型爆撃機)のような名前だったら、

俺はすごく格好いいと思うのだがどうだろう?



昔、いすゞに飛鳥という車があった。

今でもオーナーズクラブは盛んに活動をしているようだ。

何でもかんでも英語の名前にするのではなく、

たまには、早くて強烈なスポーツカーに日本語の名前を付けてもらえないだろうか?



日産カマイタチ

ホンダ鉄砲水

マツダマッシグラー



どうやら、無理があるようだ。







葬式


何をするにしても、主役というものがある。

卒業式では卒業生、

成人式では新成人、

結婚式ではもちろん新婚夫婦。



では、葬式の主役は誰になるのだろうか?

喪主?遺族?親族?

どうなんだろう。

肉体は既に滅んでしまっているが、主役は故人になるのだろうか。

もし、そうなら。

そして俺がその立場になったなら。



泣かずに笑って見送って欲しい。

先に逝って待ってるから。

ずっと見守ってやっているから。

意味や目的のわからん読経や、焼香は良いから。

俺の思い出に涙を流して笑って欲しい。

学生時代、社会人時代、それぞれの友人の思い出話を聞きながら、

おい、隣の柿を盗ったのは俺じゃなくてお前じゃないか、

と、祭壇の後ろで苦笑いをしていたい。



残されたものは確かに悲しい。

昨日と今日で、故人の見え方が違うから。

でも。

いつまでも心の中で生き続けるから、涙は今日だけにして欲しい。





車種について考える


デザインというものは基本的に見る人間の好き好きであって、

客観的に良し悪しを判断することは難しい。

だから、車のデザインに関しても、良いと感じる人間は買えばいいし、

嫌なら買わなければいいだけの話だ。



日産から新型スカイラインが発売されることになった。

日産スカイライン。

輝かしいレース戦歴を持つ、日産のフラッグシップ的な車である。

俺は昔GTRに乗っていたことがあるし、親父もケンメリGTに乗っていた。

ホンダ車以外で、好きな数少ない車だ。



しかし、その新型デザイン。

俺のスカイライン像からはほど遠い。

どうしてこんなにイメージの違う車を同じスカイラインと名乗らせるのだろうか?

新しい車種ではだめだったのだろうか?



技術は常に進歩するから、スペック的にはもちろん新しいほうが良い。

しかし、デザインに関してはできるだけ先代のイメージを踏襲したもの、にして欲しい。

極論すると、中身は変わっても外観は変わらない、でも俺は良いくらいだ。



いずれにしても今回のモデルチェンジ。

そこそこ、売れるとは思うが、

果たしてオールドスカイラインファンのハートをつかむことができるかどうか。

甚だ疑問である。


100円ショップの戦略性

今日、初めて300円ショップで買い物をして気がついたことがある。

最近では、100円ショップ以外にも、この300円ショップ、500円ショップ、1,000円ショップなど、

価格を均一にしたショップが非常に人気を呼んでいる。

アメリカにもあるし、100円ショップダイソーは近々タイに出店するそうだ。

そのうち、小学校の前に子供を対象にした10円ショップが出てくるかもしれない。



100円ショップが人気を呼び出した頃、俺は低価格、割安感、が人気の秘密だと思っていた。

今でもそう思っている消費者は結構多いのではないかと思う。

確かにそれもあるのだが、俺はその陰に非常に重要な戦略性が隠されていると思う。



購買を最終的に決定する時、考慮すべき要因はいくつかある。

一つはその商品そのものの魅力(品質、デザイン、機能性)つまり商品力と、価格。

そして最近ではアフターフォローや店員の接客態度なども購買を決定する要因になってきている。

が、大きいのはやはり商品力と価格だろう。



まず、商品力で商品を選定する。

商品が決まれば次に価格というフィルターをかける。

勿論この順序が逆な人もいるとは思うが、一般的にはまず商品力であろう。



商品力で購買する商品を決定し、その後値札をチェックする。

自分の思い、予算と合致すればめでたし、めでたしだが、そうでない場合は、

今までの商品選定過程が無駄なものになってしまう。

時間の無駄ということもあるし、一旦欲しいものを見つけたのに買えなかったという、

後悔の念を心に残すことになる。



客は商品力と価格という2大購買要因を常に格闘させながら、

買う物を決めている。

そしてこの格闘は、本人が認識しているかどうかは別にして、

確実にストレスを生じさせる要因になる。

買い物の楽しさを低減させる要因になる。



100円ショップは、このストレスを奪い去ってしまった。

商品選びという、買い物本来の楽しさのみをお客に提供することに成功したのだ。


サファリパーク

常識とは何か?

大辞林第2版によると、

ある社会で、人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断力。

と、ある。

問題は、「ある社会」である。



「ある社会」がどんどん分裂し始めている。

色んな要因でどんどん分裂し始めている。

そして、分裂した社会ごとに色んな常識が生まれつつある。



外国人が増えている、ということも一つの要因として挙げられるかもしれない。

が、俺が一番気になるのは、きちんとした教育・しつけを受けている人間と、

そうでない人間との間で明らかに異なった常識が存在している、ということだ。



この話は決してネタ話ではない。

今朝、実際にあった話だ。

朝の満員バスの中で、二人がけの椅子に二十歳くらいの女が一人で座っている。

大きな荷物で一人分の座席を占領して。

その座席には、「優先座席」と書いてある。

そして、その傍らには老いた女性が立っている。

なおかつ。

バスが揺れて、お年寄りがその女の肩に触れた時、

目をむいて、睨み返した。

二度も、三度も。



残念なことだが、今の日本にはこんな生き物がたくさん棲息している。

何をすればこんなものができるのだろうか?

いや、何が足らなくてこんなものができるのだろうか?



この話を読んで、女のどこがいけなかったのだろうか?

と、悩む奴がいないことを祈りたい。

資源の無駄使い


年末に車が故障し、年始の挨拶には電車を使うことになった。

久しぶりに乗るJR呉線。

いつの間にか知らない駅が3つもできていた。

正月の電車。

客もまばらだ。



ふと、隣の席の客を見ると、何だか難しそうな本を読んでいる学生風の青年。

昔見た覚えのある積分の公式がたくさん並んでいる。

おまけに全て英語。

どうやら見た感じ、電気工学の本らしかった。

時々、うなずきながらページをめくっている。

俺にはもう無理だなと思いながら、反対側の座席を見ると、

この青年と同年輩のヤンキー兄ちゃん数人が、

下品な雑誌を広げ、大きな声で下らん話をしている。



どちらが良いとか悪いとか、の話ではなく。



脳みその大きさも大差はないし、構成する物質はみな同じだ。

あるのは鍛え方の違いだけだ。

今まで、一体何億個の脳みそが活用されないまま捨てられていったことだろう。

実にもったいない話だ。



優れた教育者と、優れた教育システム。

これさえあれば、わが国には資源など要らないかもしれないのに。



税金の無駄使いより、遥かに罪が大きい。




生きる目的



今、俺に有り余るだけの金と時間があったら何をするだろうか?



自家用ジェットを買って、行ったことのない国、街を訪れ、

食べたこともないものを食って、

綺麗な姉ちゃんをはべらして、

ディアブロかなんかに乗って、5番街を颯爽と流したりするのだろう。



船でエジプトに行ってピラミッドを見たり、

本場のフラメンコを見たり、

南の島のリゾートホテルで朝からビールなんぞを飲んだりするのだろう。

これまた、姉ちゃんはべらして。



そんな生活が、2年、3年と続き、

もうブロンドの姉ちゃんもいいし、

食いもんだって、白菜の漬物とご飯で十分だし、

南の島で泳ぐのも飽きたし、

ミュージカルも見飽きたし。



そうなった時、俺は何をするのだろうか?

生まれてきたことの価値を何に見出そうとするのだろうか?



富の先に、何か追い求めるものがあるのなら、

何も遠回りする必要はないではないか。

人生は長いようで短い。



20年程前に読んだ、内村鑑三の「後世への最大遺物」

今さらながら、また読み返している。


学生スポーツのあり方


先日粗相を斬るで、高校サッカーの誤審を取り上げた。

その中で、

水島イレブンの中にだって、おかしいと思いながら声に出せない奴が何人かはいるはずだ。

と書いた。



その水島イレブンのエースストライカーがどうやら出場を辞退したらしい。

チーム全体でも葛藤はあったようだ。

11人で多数決をとり、出場賛成6人、で最終的に出場することを決めたようだが、

このエースストライカーだけは、どうしても承服できなかったようだ。



俺は彼の気持ちがわからないでもない。

出場する資格がない、いくら大会で勝っても、そして仮に優勝できたとしても、

それは偽りの勝利だし、人の不幸を踏み台にして出ること自体に納得がいかなかったのだろう。



だが、俺はチームが出場すると決めた以上、彼にも是非出場してほしかった。

何故なら今度は、彼以外の出場メンバーに、大きな負担をかけるからだ。

あいつは潔く引き下がったのに、あいつらは厚かましくも・・・。



周囲の目、というのは本当に冷徹だ。

前も言ったが、俺はこれを機会に、教育としての学生スポーツのあり方を議論して欲しいと、切に願う。



原点に戻る

CDの売上が激減しているらしい。

どうやら、ネット上でのファイル交換、不正コピーが音楽業界に大きな打撃を与えているようだ。

音楽に限らず、最近ではアプリケーションソフトや映画も交換されるようになってきている。

やれコピーガードだ、やれ著作権侵害だと、かまびすしいが、

法的に、そして技術的にどんなに規制をかけようと、

最早この流れを止めることはできないだろう。



CDを出しても儲けにならない、

DVDにしても儲けにならない、

で、とどのつまりは、文明の利器がなかった時代、

そう劇場で、生で見るということが主流になっていくのだろうか。



考えてみれば、CD自体、生のものをコピーしたものではないか。

金が取れるか取れないか、本人の了承があるかないか、の違いだけで、

芸術の本質を語る上では、同じコピー商品なのだ。

格闘技の本質


昨日、K−1グランプリを見た。

楽しみにしていたのはホースト対サップ戦。

前回やられた仕返しに、ホーストはかなり準備しているはずだし、

今回は油断はないはずだから、おそらくホーストの一方的な勝利になるだろうと予想していた。

序盤、ホーストのボディ攻撃が効を奏し、サップはかなりダメージを受けた。

もう、立っているのさえ辛そうな感じがした。

この後、集中的にボディを攻めればホーストの勝利は確実。

俺も、ファンも、そしてホースト自身もそう思ったことだろう。



が、ホーストは弱りきったサップに対し、猛然と顔面攻撃に出た。



リベンジ。

こいつだけは徹底的にいたぶって、ぶっ倒してやる。

結果的には負けてしまったが、弱ったサップの顔面を殴りつづけるホーストは、

スポーツ選手ではなく、野生と化していた、と俺にはそう思えた。



一転して、決勝のバンナ戦。

ホーストは痛めた左腕を徹底して攻め続け、見事勝利を勝ち取った。

この時のホーストはスポーツ選手ではなかったかと、俺は思う。



格闘技は一応スポーツということになっている。

が、俺は相手をぶち殺してやる、くらいの気迫が伝わってくる、そんな格闘技が好きだ。

だからショーだとわかっていても、猪木のプロレスが好きだったのかもしれない。

ガチンコ勝負が増えてきた一方で、妙にスポーツ化してきた格闘技に一抹の寂しさを覚える。
射幸心


飲んだ帰り、トイレに行きたくなって、

飲み屋街にあるゲーセンにぶらっと入った。

場所柄か、UFOキャッチャーの賞品に、女性の下着や、ローターなどがあり、

酔ったおっさんたちが歓声を上げている。



店内をさっと見渡すと、そこには、

パチスロの新台がズラリ。

猛獣王も設置してある。

俺はトイレを済ませ、物は試しにと、金太郎で遊んでみることにした。

100円投入すると30クレジットもらえる。

1ゲームで3クレジット消化するから、10回プレイすることができる。

子役が揃えばそれなりにクレジットも増えていく。

記憶があいまいだが、350クレジットを越えたらなんか賞品がもらえるようになっていた。



筐体自体は本物だから、パチ屋でやっているのと同じ感覚だ。

勝っても金がもらえるわけないのだが・・・。



しかし。



おい、おい、やってて楽しいぞ?

時間を忘れてついつい200円、300円と投資する。

結局500円ほど使ってみたが、結構楽しめた。



その時俺はふと思った。

これは俺だけの感覚かもしれないが、

俺は何万も勝ちたい、と言うよりも、スロで遊ばせて欲しいのだ。

そりゃ、楽しむだけ楽しんで、結果として勝てればそれに越したことはない。

しかし、純粋にゲームを楽しみたいと言う面は間違いなく俺にはある。

今のレート(1枚20円)が10分の1になっても俺は多分スロで遊ぶだろう。



他の公営ギャンブルと比較した時に、パチンコが生き延びるための位置付け。

射幸心を煽るだけのギャンブル性だけでなく、

本当にレジャーとして楽しめる一面。

メーカーにもホール経営者にも、

これだけは忘れて欲しくないと、つくづく感じた一日だった。



進化論

小難しいタイトルだが、別に難しい話をするつもりはない。

以前なんかの本で読んだのだが、鳥も外敵のいない島で長い時代を過ごすと、

敵から逃げる必要がなくなって飛ばなくなるらしい。

飛ばないどころか、エサをとるために海に潜れる鳥もいる。

動物はこうやって長い時間をかけて徐々に進化、というか環境適合していくようだ。



人間だって、昔は尻尾があっただとか、水かきがあった、とかいう話はよく聞く。

機能的に不要な部分が長い歴史の間になくなっていく、ということだろう。

と言うことは、今あるもの、は全て何かの役に立っているはず、と考えるのが妥当だ。



で、俺の疑問は陰毛に関するものだ。

何故、あるのだろう?

頭髪は生まれた時からあるのに、何故陰毛は途中から生えてくるのだろうか?

意味があるのだろうか?

何かを防御しているのか?

ならば、男の場合ペニスに生えていいものが、

何故付け根の上に扇状に広がっているのだろうか?



生える時期、生える場所・・・。その意味。


1000年もすればなくなっているのかもしれない。

名前からして、日陰者扱いだし。


屈辱をバネに


まさかとは思っていたが、

サンフレッチェ広島がJ2降格となった。

別に俺の給料が減るわけでも、頭が薄くなるわけでもないが、

やはり地元の人間としては一抹の寂しさがある。



サンフレッチェ広島。

殆どの人にとって、これと言った印象のないチームだろう。

日本代表を引っ張るスタープレイヤーがいるわけでもない。

確かに地味なチーム。

だが、そんなサンフレッチェ広島にも栄光の時はあった。

今では記憶している人のほうが少ないかもしれないが、

94年前期、サンフレッチェはJ1優勝を飾っている。

当時俺は京都の長岡京にいたが、テレビの前でラッパを吹きながら狂喜乱舞したものだ。

風間、前川、高木、森安、慮・・・。



広島ビッグアーチに一度も行ったことのない俺に偉そうなことを言う資格はないが、

J2降格という屈辱をバネに是非一回りも、二回りも大きな選手、チームになって欲しい。



球団も、選手も、そしてファンも、長い間ぬるま湯に浸かり続けていたのかもしれない。

来期はビッグアーチに足を運んでみようと思っている、俺。

苦しんでいる選手を応援に、というよりも、

そんな彼らから闘争心をもらうために。


三顧の礼、の行き着く先

俺が今勤めている会社は、俺にとって4つ目の会社になる。

つまり3度転職を経験しているということだ。

最初は原子力エンジニア、次に経営コンサルタント会社、その次に健康食品通販会社。

そして今の会社。

最初の転職の時は、もう鼻血が出るまで(実際に出たが)勉強した。

経理のことからマーケティングから、そして経営管理から、何から何まで素人だったから。

そして何とか採用され、そこで約7年間を過ごした。

その間も月平均400時間を越える仕事を続け、自分なりに成長の跡があったと思っている。

お蔭様でというか、次の転職、そして今の会社に移るの時の転職は、

俗に言う、ヘッドハンティングだった。

ヘッドハンティングをして人を取るような会社は、そういうことになれているから、

実は俺以外にも周りにヘッドハンティングされた人間が何人かいた。



ヘッドハンティングされる時って、本当に三顧の礼で迎えられる感じだ。

劉備が諸葛孔明を軍師として迎える時、三度、庵を訪ねたことを起源とする言葉だ。



が、甘い言葉、大きな期待に少しでも気が緩み、経営者から意に添わない奴、と烙印を押されると、

状況は一変して針のむしろとなる。

経営者からも周りの従業員からも「高い給料もらって・・・」というような目でしかみられなくなる。

俺はそうなった人間を何人も見てきた。

そして何人かは潰されてしまった。



今年阪神はFAで金本選手、そして中村選手まで獲得しそうな勢いだ。

一方で、去年FAで阪神に入団した片岡選手。

三顧の礼で迎えられたものの、来年は大変厳しいシーズンを迎える。



人は優秀に見える人間を自分側に引き入れようとする時は、三顧の礼で迎えるポーズをとることが多い。

その実、クールで計算高い。



己の力量を冷静に見極める力も是非持ち合わせたいものだ。


天職、に関する一考察

転職する若者あるいは転職願望のある若者が増えつつある、

という話を聞いて随分久しい。



この仕事、私には合わないみたい。

俺にはもっと他にやりたいことがあるはずだ。

自分の能力、適性にあった仕事、俗に言う天職を求めて転職する若者が後を絶たない。



昔、ガソリンの燃えた匂いがたまらなく好きな少年がいた。

道路に垂れたガソリンに鼻を押し付け、臭いをかいでは陶酔していた。

それほどにまで、ガソリンの匂い、そして車が好きな少年。



名前を本田宗一郎といったらしい。

天職を求める若者たちへ。

君たちにそれほど明確に、そしてそれほどまでに好きなものがあるだろうか?



これじゃない、それ。

それじゃない、あれ。

アメリカではジョブホッパーと言うらしいが、宝くじを買うような気がしてあまり好きじゃない。

一体どれだけの仕事を試せば納得するというのだろうか。



以前、何かの粗相を斬るで書いたことだが、

天職とは見つけるものではなく、自ら作るものだと思う。

努力して結果を出し、さらに欲が出て努力を重ねる。

どんどん結果が出る、そして仕事が面白くなる。

天職とはその延長線上にあるものだ、と俺は思う。



あまり好きな言葉ではないが、才能というもの。

もし、あるとするならば、それは好きになる才能と言うものではなかろうか。

その点、本田宗一郎には好きになる才能があったのかもしれない。



社会に出て20年。

そろそろこれが天職だ、と言えるものがあってもいい歳だが。

まだまだ道半ば、を痛感する今日この頃。


風俗嬢に求めるもの

ものみんた…のコーナーで風俗に関する話が出ていたので、

ここで若干補足をさせていただきたい。



風俗嬢と言ってもピンからキリまで様々である。

もちろん料金の違いによるサービスの差というのは歴然としてあるが、

同じ料金でも、こうも違うのかという例は本当に枚挙に暇がない。



客が部屋に入るなり、自分はさっさとスッポンポンになって、

客はわびしく自分で服を脱ぐ、ひどい時は自分で服をたたんだり、

といったような例があるかと思えば、

三つ指を突いて、とまでは行かなくても、座って深々と礼をしながらお迎えし、

そして、さっと客の背後に移動して上着を脱がせてハンガーに掛ける。

シャツを脱ごうと思ったら、いつの間にか前に回っていて、ネクタイをほどき、

ボタンを一つずつ外してくれる。

ズボンも靴下も、そしてパンツも極々丁寧に。

始終こぼれるような笑顔のままで。

そして、お仕事お疲れ様でしたとかいった、一見たわいもないような、

しかし、妙に疲れた心に染み入るような会話が始まる。

心が落ち着く、癒される、といった感じだろうか。



家に帰っても出迎え一つない、部屋に入れば寝っ転がってテレビを見てる。

食事は自分のだけがぽつんと残されている。

一人自分の部屋に戻り、服を着替えながら、溜め息をつく。



もしそんな男が先ほどのようなピンの部類の風俗に行けば、

それは性的なプレイがどうのこうの以前に、

女性観、いや人生観さえ変わってしまうようなインパクトを受けるだろう。



多少大げさに感じるかもしれないが、俺がはまった女の子は間違いなくピンの部類だった。

テクニックがどうこうではなく、心の隙間を探し、それを埋めるすべを知っていた。



たかが風俗、されど風俗。

何百年も廃れない職業にはそれだけの理由がある、ということだろうか。
仕事仲間

ジャイアンツの松井が抜け、大変だなぁと思っていたら、

案の定、大物選手による補強があった。

元ヤクルトスワローズの主砲、ペタジーニ選手の巨人入団が決まったようだ。

出来高給、その他諸々を含めると2年で約20億円の契約らしい。

彼以外にもひょっとしたら大物選手の補強があるかもしれない。



満面に笑みを浮かべる原監督の写真を見ながら、

俺は今期活躍した斎藤宣之、川中両選手のことを思い浮かべていた。

斎藤選手は入団8年目、川中選手は5年目でやっと日の目を見た選手だった。



主力選手欠場による穴を埋める形でチャンスをつかみ、

死に物狂いで結果を残し、松井が抜けたあとやっと俺にも・・・。

と思ったのもつかの間、また長い戦いの日々が始まる。



チームの勝利最優先だから、それは致し方のないことだろう。

実力の世界だから、頑張ったからといって温情をかけていたのでは他の選手が迷惑する。

が、斎藤だって、川中だって、たった一度の人生、二度と戻ってくることのない時間をかけて、

懸命に野球に取り組んでいる。



協働、仲間、同士・・・。

俺にはまだまだ越えるべき壁が多いが、

部下たちの一度っきりの人生に応えるためにも、

報われる仕組みを作っていきたいと痛感している。

スピンアウトも一つの手段になってくるかもしれない。



社員は決して儲けるための道具ではない。

先輩も後輩も、上司も部下もない。

突き詰めるところ、同士なのだ。

目には、目薬を

広島のメジャーな祭りの一つである、胡子大祭(えびす講)が始まった。

今日から3日間あるらしいが、火曜日はいよいよ目抜き通りである、中央通が歩行者天国となる。



また、田舎の珍走族が出没することだろう。

3年前は珍走族と警察官が衝突し、全国ニュースでも報道された。

いつもは地元のコンビニでうんこ座りしている子供たちが、

まるで人ごみに吸い寄せられるように、市内にやってくる。



小さい頃はおしめをして母親の乳首にしゃぶりついていた子が、

何の因果でこうなってしまうのだろうか?



社会に混じりたい子供たち。



盾と警棒で迎えるのではなく、

「ウエルカム、珍走族」と書いた垂れ幕と、紙吹雪、

そして自衛隊のマーチングバンドで迎えるくらいの度量があれば、

彼らも笑って手を振り、



やがて、特攻服を着ることの恥ずかしさに気づくことだろう。

幸せ伝説

ワイルドストロベリーという植物が大変な人気になっているらしい。

何でも、彼氏のいない4人組の女の子が、その植物を育てたことで、

彼氏どころか立て続けに、結婚までゴールインしたそうだ。

そのことが評判というか、伝説になり、今や手に入れることすら困難な状態らしい。



あるテレビ番組で、どうしてもこのワイルドストロベリーが欲しい人にプレゼントする、という企画があった。

欲しい人は、いかに自分がそれを欲しているか、をビデオでプレゼンするわけだ。



生まれて25年間、彼氏のいない女性。

25の時以来、彼氏のできない40歳の女性。

本当にたくさんの応募があった。

紹介されたビデオはどれもみな切実なものばかりだった。



ワイルドストロベリーと幸せ。

どう考えてもつながりがありそうとは思えない。



しかし、どうしてもそれにすがりつきたい、

幸せが欲しい、と願う女性が、

裏を返せば、幸せでないと思っている女性がこんなにたくさんいるとは。



俺は幸せなのだろうか?



臨終の間際に答えを出したいと思う。

幸せを追い求め続けること、

それが人生だから。


更新頻度

実験的ではあるが、コンテンツの数を増やしつつある。

あくまでも実験的なものであるので、いつ閉鎖するかわからない。

ただ、増やした理由だけは少し話しておきたいと思う。



このサイトを訪れてくれる方も、徐々に増えてきた。

ある日俺はアクセスログから、みんながどれくらいの頻度で来てくれているのか、

期間を限定して確認してみた。


区分 構成比
1日前 5084 65.5%
2日前 818 10.5%
3日前 545 7.0%
4日前 300 3.9%
5日前 225 2.9%
6日前 142 1.8%
7日前 381 4.9%
8日前 144 1.9%

毎日でも、更新しなければ・・・という思いを強くした。

しかし、ギャンブル日記にしても、粗相を斬るにしても、

まあそこそこのパワーが必要だし、飲んで帰る日も多い。



で、頻繁に訪れてくる方に少しでも新鮮味を、ということで、

軽く更新できるコンテンツをいくつか追加した、というわけだ。

もちろん、それ自身が見るに耐えないものであれば、本末転倒になってしまう。

実験的に、と言ったのはそういう意味だととらえて欲しい。



折角お越しいただいたのに、何の更新もなされていなかったら。

怒りの声をどこかの板に。

この人生に、感謝

あと何年生きるかわからないが、

これ以上愛することはできない、と言い切れる女性に出会えた。

ここにはもういないけど。



そんな人生に、素直に感謝したい。



光子。

俺の知らない誰かの胸で、

どうか、安らかな日々を送って欲しい。



痛飲。


風俗、今、むかし。

大学2年の頃、初めて風俗に行った。

もちろん店の名前など覚えていないが、十三にあったことだけは覚えている。

当時はセット料金というのがあって、最初に女性がついてビール(飲み放題)がセットになっていた。

その後で、色んな追加料金が発生してくるわけだが・・・。

そのセット料金、当時は200円だった。

俺たち貧乏学生は、店の始まる前に入店し、朝礼をしばし見学したあと、

このセット料金でしこたまビールを飲んだものだ。

追加料金なんかとんでもない。

向こうも俺たちが貧乏だと知ってたから、何も言わず、快く接客してくれたものだ。



当時の風俗嬢と言えば、年増でスタイルも悪く、本当にしてもらうだけの女性だった。

だから、若くてきれいなお姉さんとお近づきになろうと思ったら、スナックとかスタンドへ行き、

好みの女性を見つけ、通いに通いつめて、やっとの思いで手に入れる、くらいの手段しかなかった。



しかし、今は違う。

わかくて、可愛くて、スタイルが良くて。

どうして、こんな子が?というくらいの子が、あっけらかんとした表情でサービスしている。

飲屋に通って・・・とかいったような面倒な手順を踏む必要がなくなった。

だから飲屋が廃れていくわけだ。

今や、会話を楽しむ爺さんくらいしか行かないのではないか、と思うくらい客数が激減している。



男もインスタントでゴールを楽しみ、

女もインスタントで手軽に金を稼ぐ。



経過を愉しむ、という風情がなくなってしまった。

我慢をするという習慣がなくなってしまった。



切れる若者が多い、という要因の一つをここに見たような気がした。



里程標としての、俺の音楽

テレビにしても、ラジオにしても、音楽番組と言うものに全く触れなくなった。

だから最近の歌手とか、歌はさっぱり分からない。

若い連中とカラオケに行って、知ってた歌が大きな古時計だけ、というのも情けない話だ。



だが、音楽と全く無縁かというと実はそうではない。

昔よく聴いていた曲は今でも聴く。

たいていは休日前の深夜、ハーパーロックを飲みながら。

聴く音楽は実に雑多で、その時の気分次第だろうか?

拓郎や陽水、浜田省吾などはよく聴くし、クラプトンや気分が乗ってくればジェームスブラウンを聴き直すこともある。

ビートルズやイーグルス、ビーチボーイズ等も大好きだ。

そして、同じ歌を何度も聴く。

聴けば、その曲をよく聴いていたころの時代背景が実に鮮明に蘇ってくる。



友人のこと、彼女のこと。

彼女と行った旅行先の思い出、そして別れ。

拓郎のサマルカンドブルーを聞けば、別れの涙でぐっしょりと濡れた彼女の頬が目に浮かぶ。

曲ごとに浮かんでくる人やシーンが異なる。

酔ってくると、感情の高ぶりを抑えきれなくなってくる。

音楽って良いなあ、と思いながらも、

もう、思い出に浸りたいから音楽を聴く、という歳になってしまったのだろうかと、切なくもなってくる。



少々無理をしてでも、新しい歌を覚えてみようか、と思ったりする俺。

新しい思い出を作っていくために。

分かるっておもしろい

学ぶ姿勢を取り戻せ、というNHKの番組を見た。

今日はその1回目で「分かるって面白い」。

数学を理解できない子を集め、教師がマンツーマンに近い形で補習をする。

一人一人、どこでつまづいているのかを明らかにし、根気強く教えていく。

中学生になって九九の復習をしたり、分数の計算方法を復習する子もいる。

今まで、自分は数学がわからないと決め付け、授業から逃げ出していた子供たちが、

分かるということの楽しさを実感していく過程がとても新鮮だった。

「今度のテストは50点が目標だけど、次のテストが本当に楽しみ」と語る女の子の笑顔がとても印象的だった。



人の能力なんて、本来教え方、鍛え方さえ間違わなければ大差ないと思う。

普通の蜂がローヤルゼリーを食するだけで女王蜂になるように、

生まれてきた時は誰しも同じで違いが出てくるのはその後の環境によるものだと思う。

もちろん、適性というものはあるかもしれない。

だがそれは、能力の発揮場所が単に異なるだけの話で、優劣を争うべきものではない。

俗に言う、頭のいい奴、というのはたまたま能力の発揮場所がはまった奴、ととらえても良いのではなかろうか?



教育において一番大切なことは、自信を付けさせること、

そして、学ぶって面白いという、向上心を植え付けることだと俺は思う。

学ぶ姿勢こそ、一生涯の宝になるはずだ。



番組で取り上げられたのは中学生だが、大人になっても決して遅くはない、

と思いながら、最近学ぶことの少なくなった俺自身を反省する一日だった。

世の中の役に立つ

車を売っている知人がいる。

そんじょそこらの車ではない。

かの、バイエルンモーターワークスの名車だ。



ある日、とあるお客様が知人を訪問した。

BMWか、アウディか迷っていたらしい。

ひとしきり車に関する話が終わった頃、

何故か風俗の話題に及んだそうだ。



そのお客様にはお気に入りの娘がいたらしい。

名前を仮にタハラということにしておく。

知人:そのタハラさんなら知ってますよ。僕の知り合いにその人にはまって借金作って、サイトを立ち上げた人がいます。

お客:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。     その人、もしかして代々木健介?

知人:そうですけど、どうして・・・・・・・・・・・。




その後、話がどう展開したか、俺は知らない。

が、話に花が咲いた結果として、



お客:これも何かの縁だから、BMWにするよ。



と、商談が成立したらしい。



何だか、人様のお役に立てたようか気がして少しばかり嬉しかった。



サイトを立ち上げて4ヶ月。

俺の知らないところで、俺を知ってる、見知らぬ人が増えている。



サインの練習をするには、まだ早いか。