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ネット通販の落とし穴




インターネット通販の規模が拡大し続けている。

楽天の三木谷社長も、将来的には消費の2割がネット経由になるだろうと話しておられた。

7−24(年中無休)体制だから、いつでもショッピングできて便利だし、

居住区の制約なしに、世界中の店を覗くこともできる。

商品の質感がもっと伝わるような方法、技術が確立されれば利用者はさらに増え続けていくだろう。



その一方で、ネット通販の落とし穴がないとも言えない。

今回お話しする落とし穴と言うのは、売る側にとっての落とし穴、なのだが・・・。



異性を惹きつける効果があると言うことで話題のフェロモン商品。

その中の商品にフェロモン惑星という商品がある。

この商品を取り扱っているネットショップは非常に多くて、

googleで「フェロモン惑星」のキーワード検索をすると、取り扱いショップがずらっと出てくる。

たいていは、消費税込みで8000円。

中には7,500円とか、もう少しプライスダウンしている店もあるが、ごく少数派だ。



で、問題は・・・。

検索でリストアップされたショップの中に、卸業者が含まれていることだ。

他の多くのネットショップもおそらくここから仕入れていると思われる。

そして、この卸業者のサイトの中には、仕切りが記載されていて、

10本購入の場合で1本当たり3500円、20本購入の場合で2500円と明記されている。

そして、8000円以下で売らないようにと、注記までされているのだ。



公正取引法がらみの問題はもちろん考えられるが、

それ以前に、手品のネタが消費者に丸わかり、の状態になっている。

1本2500円とすると、儲けは5500円。

利益率は何と68.8%。

暴利といっても決して過言ではない。



まぁ、世の中化粧品にしても、健康食品にしても、

これくらいの利益率を取る商品はざらにあるから、取り立ててこの商品を責めるわけではないが、

それにしても、この商売のやり方。

稚拙と言わざるを得ないだろう。



ネットの発展によって何が一番変わるかといえば、

消費者の利便性などではなく、消費者そのものにパワーがシフトしていく、と言うことだろう。

ただでさえそういう状態を迎えつつあるのに、

自ら、こんなボロを出すような商売のやり方をするとは・・・。



消費の2割がネット経由になるころには、

このネットショップたちも市場から駆逐されていることだろう。


(注:これを書いた数日後、偶然にも卸価格表記がなくなりました)


マネーの虎




日本テレビ、マネーの虎という番組を見た。

以前も一度見たことはあったのだが、相変わらずの低俗ぶりで気分が悪くなってきた。



知ってる人も多いと思うが、

金のない奴がビジネスプランを持ち寄ってプレゼンし、

テレビ局が招聘した会社の社長から金を引き出す、という内容なんだが。



出演者の方が最初から、お願いします、金ください、

と言ったスタンスで、投資したければ出させてやるぜ、くらいの気概が全くない。

この話、乗るのか、乗らんのか、乗らんのなら他所行くで。

と言った迫力のかけらもない。

それくらいの自信がないものを持ってくるな、公共の電波で流すな、と俺は言いたい。



だから、年商高々10億程度の中途半端な成金社長にコテンパンにされる。

言う方も、言われる方も、話の内容を見ていると結構レベルが低い。

出演している社長に対しては、

お前ら、5ナンバーのクラウンに乗って喜びやがって。

じゃけぇ、お前んとこの年商は10億止まりなんよ、と言ってやりたいのだが。



金や事業に執着心のない俺にとやかく言う権利はないが、

優れた事業プランや、人間性に対して半端じゃない金を出したがっている、

いわゆるエンジェルと呼ばれる人たちは色んなところに、たくさんいる。



何も、公衆の面前で恥をさらすことはないと思うのだが。






ゴッドハンド




テレビで先天性の心臓欠陥を持つ子供の番組を見た。

心臓から肺につながる血管がなく、

手術は不可能、と医者に見放された子供だったのだが。



彼ら親子が最後の望みを託したのが、

岡山大学医学部附属病院の佐野俊二教授。

ないといわれていた血管が存在することを見抜き、

2mmの血管をつなぐ手術を成功させた。




教授の手を取り、

泣きながら深々と頭を下げる両親の姿を見て、

俺はまるでブラックジャックを見ているような気さえした。



まさにゴッドハンド。

そんな神の領域に近い腕を持ちながら、

「報酬は患者の笑顔で十分ですよ」とさりげなく語る佐野教授に、

俺はただただ頭が下がるばかりであった。



医は仁術なり。



そんな言葉がまだまだ存在しているのを目の当たりにして、

俺は少々嬉しかった。





論理的思考力



最近本屋で「論理的思考力トレーニング」とかいった類の本をよく見かける。

大学の先生やコンサルタントが執筆していることが多いのだが、

本を読んだからといって論理的思考力が身に付くわけでもなく。

日常の些細なことでも、何でだろう?を突き詰めていくと、

論理的思考力の
トレーニングになるネタはいくらでも転がっている。



例えば、みんなは最後に犬のウンチを踏んだのはいつか覚えているだろうか?

俺は中学生以来、ほとんどウンチをねった覚えがない。



犬のウンチを踏まなくなった理由の仮説をいくつか挙げて、

それをデータで検証するだけでも随分とトレーニングになる、というものだ。



仮説をいくつか挙げてみよう。

@犬そのものの数が減った。

A野良犬の数が減った(または保険所職員の数が増えた)。

B飼い主のマナーが向上した。

C街の清掃業者の数が増えた(または自治体の美化意識が向上した)。

D人間の注意力が向上した。



他にもあると思うが、それらを裏付けるデータを収集し、検証すれば良いわけだ。

検証に必要なデータがない場合は、新たな調査が必要になる。



基本は、常に何でだろう?と考えてみることだ。

それは何で?それは何で?と何度も繰り返す・・・。

そうすると多くの場合、ひとつの真理に行き当たる。



テツ&トモは、格好の手本と言って良いだろう。






仕事観



日曜日、散髪屋でローカル新聞を見ていると、

神戸大学の教授が一面にコラムを書いていた。

よくよく見ると、大学の同級生。

アホや、アホやといじめていたのに、りっぱになったもんだと感慨深く記事を読ませてもらった。



経営学部の教授だから、当然経営の話が中心で、

日本の製造業はどうあるべきかについて、意見を述べていた。

その中で次のような件(くだり)があった。



日本人の技術開発に対する意識の高さを説明するために、

NHKのプロジェクトXのビデオをアメリカの友人に送ってみた。

すると、

これは日本人の技術者が、自分と自分の家族を犠牲にする悲劇なのか?

開発が成功しても給料が上がったようにも思えないが、どうしてだ?




という返事があったらしい。

文化の違いなのか、宗教の違いなのか、俺にはよくわからない。

ただ、日本人の勤労意識の高さを誇る一方で、

そろそろ、自己主張をするということも意識していかなければならないだろう。



最近は、日本人のそういった物言わぬ勤労意識にあぐらをかく経営者が多すぎる。





世界陸上



土曜の夜、酔い覚ましに寝転がってテレビを見ていた。

世界陸上パリ大会、女子100m予選。

懐かしい顔ぶれに少々興奮が高まってくる。

ディーバーズにオッティ。

オッティは、何と今年43歳。

走る姿を見ているだけで何だか胸が熱くなってくる感じだ。



その予選会の最中、ちょっと変わった風景を目にした。

参加選手のほとんどは、切れ上がったショートタイツなのだが・・・。

一人だけ、田舎の学校の体操服と見まがうような、野暮ったい格好の選手がいた。

上は白のスウェット、下は紺のジャージ。

まさか、選手だとは思わなかった。



が、何とそのままの格好でスタートラインに手をついているではないか。



確か、アフガニスタンの選手だったと思うが、名前はアジミ選手。

参加選手のほとんどが11秒台で走っているのに、彼女の記録は18秒台。

それも、自己新と付記してあった。



一体どういう基準で選ばれたのだろうか?

予選といえども、世界中が注目する大会で、屈辱の7秒を過ごすことになったアジミ選手。

今までの人生で最も長い7秒ではなかったろうか。



世界的な大会に出場できた喜び、というものが全くなかったとは言わない。

しかし、あの格好で、あの記録。

出場させる正当な理由があるとすれば、国家間の公平性、ということになるのだろうが。



その大儀の元に、一人の人間の心が傷つかなかっただろうかと、

気遣わずにはいられなかった。





インプットとアウトプット



MSブラスターの影響で、社内のLAN環境がかなりの影響を受けた。

インターネットはもとより、社内のグループウェアも使えなくなってしまった。

いつもは常時接続の環境で仕事を進めているのだが、

ネットから外れるとどうも違和感がある。



インターネットに接続する目的は主に情報収集。

情報を収集して、分析・加工し、アウトプットする。

こういう一連の活動になるのだが、いざネットから外れてみると、

情報収集、つまりインプットの部分のウェイトが必要以上に大きかった感が否めない。



何かをアウトプットするときに、新しい情報のインプットは必要不可欠だ。

しかし、世界中からありとあらゆる情報を、全て入手するのはとても不可能だ。

だから、ある程度情報が集まった時点で見切りをつけ、得られた情報を手がかりにして、

アウトプットに移行していかなければならない。



情報を収集するということと、それを分析・加工し、アウトプットすることを比較すると、

後者の方が明らかに負荷が大きい。

だから、ともするとろくなアウトプットもなしに、情報収集に終始してしまう。

情報収集することが目的になってしまっている。



情報過多の時代だとよく言われるが、

悪いのは環境ではなく、それをふるい落とす能力がない個々人である、という自覚が必要だろう。

そしてインプットはあくまでもアウトプットのためという認識を強く持つ必要があるだろう。



情報便秘に気をつけたいものだ。





給料の相場



何の値段にも相場というものがある。

色んな要素を勘案して、そのものの価値に見合った値段に収斂していく、これが相場だ。

もちろん給料にも相場、というものがある。

相場というより、平均値といった方がいいのかもしれないが。

例えば初任給。

4大理系卒男子の初任給はいくらくらい、

短大文系卒女子の初任給はいくらくらい、というように大まかに決まっている。

また、たまに週刊誌などで特集があるが、

業種別、年代別の給料、ボーナスにも大まかな相場というものがある。



しかし、この相場。

いつ、どのように決まるのか知らないが、

これに拘泥するのは、もう止めようじゃないか。



何年も、何十年もかかって、給料を5万、10万、と上げていく。

そんな意味のない常識にとらわれるのではなく、

月500万持って帰るにはどうすればいいのだろう?

そういう発想を持つことがそろそろ必要ではないか。



安定したサラリーマン社会というのは崩壊しつつある。

徐々に、徐々に、辛抱に、辛抱を重ねて上げていった給料が、

一瞬にしてゼロになっても今や不思議な話ではない。



給料が月500万とか考えられない、有り得ない、

そういう発想を捨て去るところから始めようじゃないか。



金儲けというのは常識を捨て去るところから始まると思うのだが。

俺の頭の中は、楽して儲けることで一杯だ。


焼き鳥屋にて



よく行く焼き鳥屋の片隅においてある水槽。

少しにごった水の中で魚が元気に泳いでいる。

シマアジに、カワハギに、クロダイに。

車エビも元気に動き回っている。



誰かに注文される、そのときが来るまで。



彼らには何の罪もないし、

もちろん、罪を犯したという自覚もないのだが、

そこは、執行を待つ死刑囚の収容所なのだ。



そんなことなど、露ほども知らず、

ふるさとを遠く離れた狭い雑居房で、

今日も彼らは元気に生きている。



ただ食われるためだけに。

独りよがり



横浜ラーメン博物館は連日かなりの賑わいを見せているらしい。

色んな種類のラーメンを楽しめるだけでなく、

レトロな雰囲気で本当に癒される、という感じがする。

そのあたりが人気の秘密なのだろう。



それにあやかって、というわけでもないのだろうが、

広島にもラーメン屋台7件が集合したラーメン横丁「七福人」が誕生した。

ラーメン博物館と比べるまでもないが、一応屋台ということで、レトロな演出がなされている。





昼休みに初めてここを訪れてみた。

入り口にある看板を見て、どの屋台に入るか検討する。



どの店もレトロ、な感じを醸し出している。

レトロ、は良いのだが・・・。



エアコンがない。

扇風機しかないのだ。



店主はTシャツ一丁だからそうでもないかもしれないが、

こちらは一応仕事中ということで、上着こそ着てないものの長袖シャツにネクタイ。

とにかく、暑いのなんの。



パンツまで汗びっしょりになって、死ぬかと思った。

それくらい暑かった。



店の名前も、ラーメンの味も記憶にない。

スープを味わう気力もなかった。

見た目の感じを気づかう前に、食べることに集中できる環境を作って欲しかった。



このラーメン横丁。

冬まで行くことはないだろう。




ペット



ウサギを飼い始めて8年近くになる。

もう死んでしまった蘭丸はどちらかと言うと病気がちだったから、よく病院に連れて行った。

体毛が体の中に入ると、毛を溶かす酵素がないのに、品種改良でフサフサにされ、

お腹にたまった体毛を除去するのに開腹手術もしたし、

あとで家に来た雌ウサギ、モモのために、去勢手術もしてしまった。

最後は腎臓を病んで死んだが、発見が遅くて手の施しようがなかった。

随分と辛い目にあわせてしまったが、病院に行くたびに疑問に思ったのは獣医の腕である。



実際、何度となく病院を変わった。

俺自身、ウサギに関する学術書、医学書を何冊も購入して勉強していたから、

素人なりにウサギの診療に自信のない医者はすぐにわかった。

注射をするときの抑え方ひとつで自信のありようがたいていわかるのだ。



犬や猫などポピュラーなペットなら腕の良い獣医がたくさんいると思うが、

最近ブームになりつつある小動物に関しては、?のつく獣医がまだまだ多い。

獣医だけでなく、ペットショップの店員にしても同じことが言える。

先日、あるペットショップのミーティングで、

お客のウサギを怪我させたことについて話をしているのを耳にした。

どうも押さえつけすぎて、脊髄を損傷させてしまったようだった。



ペットは保険が利かないから治療費も馬鹿にならないが、それくらいならまだ我慢ができる。

しかし、どうしても我慢できないのは、ペットを動物としてしか見られない獣医である。

医者からしてみれば、たかがウサギ、たかがハムスターかもしれない。

しかし、飼い主から見れば紛れもなく家族の一員なのだ。

家族がいなくなれば本当にさびしい。



去勢手術を失敗し、結果的にガンでペットを失った方が病院を告訴するらしい。

今後はこのような裁判もどんどん増えていくことだろう。



最初から完璧な医者などいないし、

経験をつまないと名医になれないのは事実だのだが、

せめて命を預かっているという重責を認識して欲しいと思う。

自分の診療次第で人間の心をも打ち砕いてしまうことがあるということを認識して欲しい。



実家の庭に埋めてやった蘭丸の墓にお参りして改めてそう思った。





頑張れ、吉田秀彦



俺は格闘技が好きで、中学時代は柔道、大学時代は少林寺拳法をやっていた。

一昔前は格闘技と言えばプロレスが中心で、ガチンコ系はボクシングと相場が決まっていたのだが、

最近は、K-1、プライドなど真剣勝負の格闘技が随分と増えてきている。

それに伴って、異種格闘技の試合も増えてきているのだが、

俺自身の経験から言って、柔道があんなに強い格闘技だとは正直思ってもいなかった。



一昨日の吉田秀彦対田村潔。

田村も好きな選手なのだが、同じ柔道経験者として、

吉田が勝った時は思わず、ウッシャーと、ガッツポーズが出てしまい、

近くで寝ていたウサギが飛んで逃げていった。



柔道出身の格闘家と言えば、古くは力道山と戦った木村雅彦。

みんなに馴染みがあるのは、最近息子が活躍している、荒鷲坂口征二。

坂口征二は柔道日本選手権優勝者だが、

その実力、強さは半端じゃなかったらしい。

実際の試合では猪木の足を引っ張る、弱弱しい面がのぞいていたが、

これは演出的な要素もあり、実際は途方もなく強い格闘家だったと聞いている。



柔道の源流は、柔術と呼ばれ、当身、つまり打撃系の技も含まれていた。

それが嘉納治五郎によってスポーツとしての柔道に再編されたのだが、

吉田には是非柔術をマスターしてもらいたい、と俺は期待している。



そして、かのグレイシー柔術を完膚なきまでに叩きのめして欲しい。



指導者としての道を捨て、格闘家という棘の道を歩き始めた吉田秀彦に、

心からエールを送りたい。



高校野球



俺は元々野球好きだが、高校野球は特に好きだ。

純粋な姿に・・・というよりも、何が起こるかわからないというところに面白さを感じる。

プロなら何気なく取るようなゴロやフライがセーフになったり。

予想外な展開、ハプニングに一喜一憂してしまう。



今日も、朝早くから高校野球の中継を見ていた。

久しぶりに見るPL学園。

人文字の応援で有名な学校なのだが、今年はかなり規模が縮小となったようだ。

応援スタイルを変えたいという趣旨が語られていたが、

どうやら生徒数が多いときの1300人から半減してしまい、

満足な人文字ができなくなった、というのが真相のようだ。

売上半減で大変だなと思っていたら、もうひとつ意外な数字を見つけてしまった。



それは野球部員の数。

今日対戦した都立雪谷高校の野球部員は100名弱。

甲子園を目指す球児たちがこぞって雪谷高校に、とは思えないから、

部活として野球を楽しむ、あわよくば甲子園という思いで入部する生徒がほとんどなのであろう。

これに対してPL学園の野球部員、54名。

全国から甲子園、そしてプロを目指して入部してくる生徒ばかりのはずだが、

想像以上に少なくてびっくりした。



元々野球に取り組む考えが多少違うからだろうが、

両校のプレーを見ていて、やはり野球の質の違いを感じた。

誤解を恐れずに言うと、勝つ過程で名を売り、

個をアピールしたいプレイヤー集団のPL。

学校の栄誉のために、応援してくれる補欠部員、同級生、そして地域のみんなのために、

ひたむきに野球に取り組む雪谷ナイン。



どちらも同じ高校球児なのであって、

どちらが良いとか、悪いとかということではないのだが。



大差がつきながら、

最後まで雪谷高校を応援する自分がいた。





季節感



歳をとってしまったせいか、

季節感、というものを感じることが本当に少なくなってきた。

世の中全体に季節感というものが少なくなってきたのか、

俺の中の季節感がなくなってしまったのか。

いずれにしても、非常に寂しいことだ。



気が付いたら、もう8月に入ってしまっている。

暦の上では夏真っ盛り。

俺が小学生の頃の夏というのは、

いつも日差しがギラギラしていて、セミがうるさいほど鳴いていて。



昆虫採集に、川釣りに。

子供会のキャンプに、夏祭り、そして花火大会。

蚊取り線香の匂い、そして冷えたスイカ。



夏はいつも胸が高鳴っていた。



昔も今も、夏には変わりはないはずなのに、

昨日と同じような一日が過ぎていく。

淡々と一日が過ぎていく。



プレイステーションの「ぼくのなつやすみ

暇つぶしに遊んでいただけなのに、

あふれてきた涙は一体何だったんだろう?



たまには、

少年のころに戻ってみたい。






直感



街を歩いたり、食事をしたりする時に、

俺は人間観察、いわゆるマンウォッチングをすることが多い。

髪型、服装、会話の内容、歩き方、持ち物・・・。

色んな要素から、仕事や暮らしぶりについて想像してみる。

想像した内容が当たりなのかはずれなのかは知る由もないが、

当たりはずれに意味があるのではなく、想像する、推察するということに意味がある。

それも極力、論理的に考えてみる、ということが大切だ。

これを繰り返し、経験を積んでいくと結構思考能力が高まってくる。



論理的に推察するだけではなく、たまには直感的に人間を判断することもある。



例としてあげると、美人かどうか、なのだが。



俺は一体、どういう基準で美人と判断しているのだろうか?

誰しもパッと見た瞬間に美人かどうかを判断できる。

人によって美人の基準が違うことはあっても、

自分の中においては、判断する基準がぶれることはまずない。

いつ見ても、どんな人を見ても、美人は美人と即座に判断できる。

そして、それは誰にでもできることだ。



美人の判断は、見た目、直感でという話をしたが、

実は眉毛の形、間隔、大きさ、目の大きさ、バランス、鼻の大きさ、鼻の穴・・・・。

非常に多くの要因を瞬時に演算して、

頭の中で数値化しているのではと思うようになってきた。



自分の頭の中で直感というものがどう働いているのかわからないが、

直感とは決してとらえどころのない、論理レスなものではなく、

鍛えようによっては、生きていく上での大きな力になると信じ、



今日も街行く美人に見とれている。




古き良き伝統



俺がよく行くクラブには昼間普通のOLをしている子も結構多い。

その中の一人A子。

昼間の勤務先は誰もが知っている三○重工業。

ここにはどうやら古き良き伝統が未だに残っているようだ。



彼女の話。



今、一番忙しいのは夏祭りの準備だそうだ。

夏祭りは広島だけでなく、長崎や名古屋などいろんなところでそれぞれ執り行われるらしい。

彼女はダンスを習っていて、夏祭りの出し物でダンスを踊るらしいのだが。



広島だけでなく、他の事業所の夏祭りにもダンサーとして参加するらしい。

形の上では出張ということで、他の事業所の夏祭りに参加するという。

何でそんな無駄なことするの?と聞くと、

去年は芸能人を呼んだけど、それよりもずっと安くつくよ。



昼間、俺を訪れてきた業者にこの話をしてみた。

彼らはこの会社と取引があるそうだが、仕入れに関する締め付けは相当厳しいらしい。

そして、彼女が所属する部署はリストラで取り潰しになるそうだ。



締めるところは思いっきり締め、

一方では、俺ら一般市民が到底想像できないような散財をする。



いや、散財という言葉には語弊があるかもしれない。

無駄なように見えるが、社員間の一体感を高めるための重要な儀式なのだろう。



不況で苦しんでいる企業が多い中、

同じ国の企業とは思えないような、懐の深さを感じる一方で、

群れることのできない俺にとってある種、不気味な集団に思えた。






武士の商法



昼休みに新生銀行を覗いてみた。

ロビーに座って順番を待っていると、テーブルの上にいつもは見かけない雑誌が置いてある。



いつも置いてあるのは、日経新聞、中国新聞、そして雑誌のエスカイアとPEN。

ところが、今日はこれらの雑誌、新聞に混じって週刊東洋経済が置いてあった。



何気なく手にとって見ると、付箋紙が貼ってある。

気を引かれてページを開いてみると、「全国銀行ランキング」という特集があった。

その中で第1位にランクされていたのが、何と新生銀行。

不良資産率、自己資本比率等数字の部分での評価がかなり高いようだった。



いくら自分の会社が権威ある雑誌の特集で良い評価を得られたからと言って。



ロビーのテーブルの上に、付箋紙を貼って無造作に置いておく、というやり方はいかがなもんだろうか。

まるでこれが目に入らんか、と言わんばかりだ。

俺には不遜な態度としか映らない。



掲載記事のコピーを取り、赤枠で囲んで、

「お客様へ。新生銀行はこのたび全国銀行ランキングで1位に選ばれました。

今後ともより一層頑張ってまいります。どうか、ご期待ください!」

と、壁に貼っていれば俺が受けた印象も180度変わったものになっていただろう。



全社的な戦略ももちろん大切なんだが。



社員の能力を高いレベルで揃えることの重要性をあらためて実感した日だった。





お客の視点



東京の巣鴨は、お年寄りたちが集まるところで有名だ。

その巣鴨の商店街にあるマックのメニューは少々呼び方が変わっている。



先ず、
フィレオフィッシュは白身魚。

ポテトフライは、ジャガイモ。

照り焼きバーガーは豚肉。

そして、サイズもSとかLではなく、大中小。



椅子にもお年寄りや小さい子供づれ優先、などといった細かい配慮がなされている。

そんな気遣いが受け入れられて、巣鴨のマックは大変繁盛しているらしい。



客層に合わせて、

お客の視点で商品を提供すると言うことは基本中の基本だ。



最近、お年寄りでもパソコンを購入する方が多い。

で、フリーズしてしまったら、

CtrlとAltとDeleteの3つのキーを同時に押さなければならない。



そんなこと、電気店やメーカーが教えてくれるはずもなく。



なぜ、キーボードに「再始動」のボタン一つないのだろうか?



CPUやHDのスペックを競う前に、

やるべきことがたくさんあるはずだが。


リストラ



リストラと言うのは、本来事業部門単位で収益性や将来性を十分検討し、

会社として不要と判断された事業部門をカットし、

それに伴って、その部門に従事している社員をカットするという経営手段である。

アメリカでは、仕事に人がついている、と言う考え方が主流だから、

仕事がなくなれば当然人もいらなくなる、というわけだ。



ところが、日本で行われているリストラの多くは、

先ず実施すべき事業部門単位での収益性、将来性検討が不十分で、

闇雲に人を斬っていく。

目の前にあるコスト、つまり人件費の削減、にしか目が行っていない。

そして、本来は体質改善であるべきリストラによって、

必要な手足や、臓器が捨てられていくケースが非常に多い。

その昔、貧困な農村で行われていた人減らし、間引きに近いものがある。



さて。

そのリストラに対して恐怖心を抱く新入社員が増えているそうだ。

社会生産性本部の調査によると、

「仕事とデートのどちらを取るか」の質問で、「仕事を取る」が72年の調査開始以来、

過去最高の78.5%をマーク。一方、リストラされる不安を持つ人が約40%、

会社倒産の不安を持つ人が27%おり、

“生き残り”のために仕事優先という複雑な心情が垣間見える。

という結果が出たらしい。



会社での仕事というのは、一人でも食っていけるだけの実力、経験を積む手段であって、

いつまでも会社にしがみつくために一生懸命やるものではない。

自分で会社を興すかどうかは別にして、

一人で生きていけるプロに育っていくための修行のプロセスだ。

社長であろうが、何であろうが、いつかは必ず会社を去るときが来る。

それが早いか、遅いかだけの問題で、

その後は、どうしても一人で食っていかねばならない時が必ず来るのだ。

どうせなら、一人で思う存分戦い続ける時間が長い方が良いだろう?



斬る方も、辞める方も立場的にはフィフティ、フィフティ。

いつ首を切られるかなどにおどおどせずに、

どうしたら一日でも長くいられるかなど考えてくよくよせずに、

真正面から自分にチャレンジして欲しい。



自分の生き方にビジョンがあれば、

リストラなんか恐れる必要は全くないのだ。



プロになれば、お願いですから残ってください、と頭を下げに来るというもんだ。




少子化



2006年をピークに、わが国の人口は減っていく一方らしい。

そして、2100年には現在の半分の6,000万人になるとか。



少々古いデータだが、2000年の出生率は1.36人。

アメリカの2.13人、イギリスの1.68人、等と比較しても低い数字になっている。

そして年々減り続けている、ということも問題視されているようだ。



少子化対策として、

育児時間を確保するために労働条件を見直したり、

保育サービスを充実させたり、

教育費や不妊治療の負担を軽減したり。

色んな施策がとられてきている。



自然界に目を向けると。



ねずみやウサギはとてつもない数の子供を産む。

他の動物に食べられる運命にある動物は、種の保存のため、

ま、言ってみればスペアとしてたくさんの子供を産む。



わが国だって、医療技術が十分発達していなかった頃、

あるいは経済的な余裕があまりなかった頃は、

みんなたくさん子供を産んでいたのではなかったか?

今でもそういう環境の国に行けば、子沢山の家庭は多いと思う。




要は少子化は自然の摂理、人間の本能なのではないか?

高齢者ばかり増えて年金負担がどうのこうのとか言われているが、

バランスが崩れるのはあくまでも過渡現象なのであって、

長い年月のうちにはまた理想的な人口ピラミッドに戻っていくことだろう。



人口が6,000万人。

それに見合った社会システムを整備すれば良いだけのことであって、

別段、騒ぎ立てるほどのことでもないのだ。




理想の結婚相手



部下の結婚式に招かれ、スピーチを頼まれた。

何を話そうかと色々考えているうちに、理想の結婚相手ということに行き当たった。



よく運命的な出会い、という言い方がされる。

彼と彼女は運命的な出会いによって恋に落ち・・・

しかし、よくよく考えてみると、

どんなカップルだって例外なく運命的な出会い、という要素を含んでいる。

いくつかの偶然が重なり合って、最終的に相手とめぐり合う。

もしあの学校に行かなかったら、あの会社に就職しなかったら。

あの日、あの時間にあそこに行かなかったら。



俺だって、就職の時ジャンケンに勝って第一志望の会社に就職できていたら。

あの日、草野球の試合に嫁が見に来ていなかったら。

今の嫁とも結婚していないはずだ。



誰しもそんな偶然の積み重ねの結果、相手とめぐり合っている。

だから、ことさら運命的な出会い、と騒ぎ立てる必要はないのだ。



偶然出会った相手に理想のパートナー像を求めるのは無理な話ではなかろうか。

俺の本当の理想の相手は、未だに会ったこともないハバロフスクのアリーナかも知れなし、

ニューオーリンズで花屋をしているキャサリンかもしれない。



地球上には何十億もの女性がいる。

理想の、最上の相手にめぐり合って結婚、ということはほとんどない、と俺は思っている。

もちろん、理想に近い相手を探すという努力は必要だが。



結婚とは、出会った相手と理想のパートナーになっていく過程だと俺は思う。

時にはいがみ合い、時には尊敬合いし。

そういう過程を経て一歩一歩、理想のパートナーを目指して進むのが結婚なのではなかろうか。



二人で孫を抱く頃には、

今よりも、もっともっと幸せになって欲しい、と結婚式に出てそう思った。


躾(しつけ)



先日日経新聞でこんな記事を読んだ。

軽作業請負のフルキャスト。

かなりの数のフリーターと契約し、ここのところ、ぐんぐん業績を伸ばしている。

フルキャストが仕事を受注すると、登録フリーターに業務指示が届く仕組みなんだが。



ここの会社、仕事の当日にモーニングコールをしなければならないらしい。

きちんと時間通り現場に到着してもらうために、電話で起こさないといけないらしい。

それでも1割近くは連絡が取れないし、

そういう場合に備えて、予備の部隊を常に用意しておく必要があるそうだ。



不景気で仕事がない。

若い年代の失業率が高い。

政府内でも重要な問題として取り上げられ、色んな対策が練られている。

若年層を対象としたマナー講座や、技術習得研修。



しかし。

朝、自分で起きれないような人間を誰が雇う?

何故そんな教育、いや躾を企業が受け持たねばならないのだ?

そして、そのコストは当然消費者に跳ね返る。



問題はもちろん当事者にあるのだが、

そういう人間に育ててしまった、家庭や地域、

そして学校での教育環境にも大きな問題がある。

家庭や地域の教育放棄が無駄な社会コストをどんどん増やしている。

犯罪など、その最たるものだ。



甘やかしてばかりで叱れない大人たち。



小手先の施策では決して解決できない、根が深い問題だと認識すべきだ。



売り方の工夫



どんなに良い商品でも売り方が下手だとさっぱり売れないし、

ありきたりの商品でも売り方が上手だととんでもない売れ方をすることがある。



売り方の工夫にはたくさんの方法がある。

まず、一番簡単なのは値段を下げること。

もちろん値段を下げること自体には大変な努力が必要だが、

売り方のアイデアという点から見ると、そんなにレベルの高いことではない。

次に、商品のレイアウト。

同じショートケーキでも、どこに置くかによって売れ方が全く異なってくる。

中段の中央と、上段の右端では同じ商品でも売れ行きが全く違うのだ。



他にも工夫の仕方は色々あるが、

大事なことは商品を使用することによって得られる便益を、

うまくイメージさせる売り方ができるかどうか、ではなかろうか。



先日昼休みにある店で「テレビ椅子」なる商品を見かけた。

俺はPOPに書かれていた、

「野球、サッカー観戦に!」の一言で大きく触手を動かされた。

目立つところにおいてあっても、4,000円が今なら2,980円と書かれていても、

おそらく触手は動かなかっただろう。



俺は、以前健康食品会社に勤めていたが、単価数百円のものが、

7,000円くらいで飛ぶように売れた。

売り方に拠るもの以外の何ものでもない。

いかにも田舎の手作りメーカーという雰囲気をかもし出していたが、

内実は完全なマーチャンダイジングの会社だった。

売り方、商品政策のみで儲かっている会社だった。



売り方を工夫するだけで商品の売れ方は全く違ってくる。

トイレットペーパーのようなほとんど特徴のないような商品でも、

売り方を工夫すれば、飛ぶように売れるようになるかもしれない。



世の中にコモディティ商品(ありふれた商品)と言うものはないわけで、

あるとすれば、それは知恵の放棄なのかもしれない。





鉛筆



報告書にしても何にしても、パソコンで作るようになって随分久しい。

今では手書きよりもキーボードから入力する方が遥かに早くなったし、

加筆・修正も随分と楽になって大変重宝している。



しかし、企画を立てたり、構想を練ったりする時は今でも手書きに頼っている。

B5サイズのノート見開き2ページ分を使って、頭の中に浮かんだことを整理していく。

まずノートの中心にテーマを書き込み、周囲に考えを派生させていく。



その時に使うのが鉛筆。

俺なりに、こだわりのある鉛筆を使っている。

ドイツ、ステッドラー社製の製図用鉛筆、2B。

これをカッターナイフで丁寧に削って、目に見えない物を形にしていく。



非常に書きやすい鉛筆だが、値段は1本130円もする。

ちょっと贅沢かな、と思いながらも仕事の生産性には代えられない、と

納得して使っていたのだが。



最近あるサイトで、1本7400円の鉛筆を見つけた。

エルメスの鉛筆。

軸に革のメッシュが巻きつけてあるらしい。



アフリカでは子供が毎日餓死している。



買う人間は別に構わないのだが、

俺は売り出す人間の品性、いや良心を問いたい。





不況が生んだ悲劇



最近は、NHK、民放を問わず、景気対策の討論番組が多くなった。

やれ、政府の対策は間違っているだとか、

株価対策はどうあるべきだとか。

大学の先生や、高級官僚、あるいはシンクタンクのお偉方。

こういう人たちが交わす意見も、もちろん参考になるが、

インタビューに答える一中小企業の親爺が漏らした、

「銀行は金を貸してくれん」の一言の方がどんなに真実を物語っていたことか。

等身大の話ほど胸に迫ってくるものだ。



不景気で倒産したり、クビになったり、給料をカットされたり。

自殺したり、夜逃げしたり、生活費をギリギリまで切り詰めたり。



自殺や夜逃げももちろん大変なことなのだが、

俺は最近、それら以上に胸を引き裂かれるようなできごとに遭遇した。

俺の知人の話なんだが、不況の煽りで生活費を切り詰めなくてはならなくなった。

食費、教育費、遊興費・・・。

どれを削ろうかと言う話の中で、彼の奥さんが泣きながら訴えたこと。



あなた、

もうカツラをやめて。



カツラの維持費は思いのほか高くつくものだ。

武士は食わねど高楊枝・・・ではないが、

彼にしてみれば、カツラを取るくらいなら昼飯を抜いた方が、という気持ちだったに違いない。



結局、彼はカツラを脱いだ。

中途半端に残った頭髪を剃って出社したそうだ。

頭も心もスッキリしたと元気そうに話してはいたが、

俺は心から喜んでやることなど、到底できなかった。



まったく、

等身大の話ほど胸に迫ってくるものだ。



ブランド品、の後日談


先日、ブランド品のイミテーションについて書いた。

メールで案内されていたのはこちらのサイト。

恥ずかしい話だが、後学のために一つ買ってみた。



買ったのはサイトの中の003番、

Imitationでは珍しい!デイトナ コンビ グレー 



数日後郵便局の不在通知が届いており、

商品と引き換えになるので12,800円持参くださいと書いてある。

俺は保管期限の夜8時まで悩んだが、結局金を持って引き取りに行った。



で、受け取った瞬間。

この軽さはロレックスではない、と直感した。

家に帰って袋を開けると、見るもおぞましい、夜店の時計。



ニセモノには間違いないが、あまりにニセモノ。

馬場と猪木、ほど似てない。



独自保証書付き、のはずが紙切れ一枚入っていない。

返品先の住所は書いてあるが、どうせ応じるはずもないだろうし。

いやぁ、良い勉強になった。

ネットでだまされるパターン丸出しだが、読者諸兄も勉強になったであろう。



いや、こんな簡単な例題では勉強になるわけないか。



女房の視線が痛い。




俺にとっての吉田拓郎


吉田拓郎が腫瘍の摘出手術を行ったらしい。

退院後の記者会見によると、どうも悪性だったようだ。

早期発見で大事に到らなくて良かったが、じっくり療養して一日も早い復帰を願いたい。



それにしても、拓郎も歳をとった。

今年で57歳になる。

歳はとったが、俺の中には今でも中津川のフォークジャンボリーで歌った拓郎がいる。

1971年、岐阜県の中津川で行われたフォークジャンボリー。



そこで、PA(ミキシングの機械)が故障するというアクシデントが起こった。

そして、そのアクシデントがとんでもない事件を引き起こした。

「人間なんて」をなんと延々2時間歌い続けたのだ。

観客も一緒になって、2時間同じ曲を歌い続けた。



声がきれいなわけでもない。

同世代の陽水と比較して、メロディがきれいなわけでもない。

しかし、拓郎の曲は魂に触れるものがあるのだ。

もちろん、万人に対してそういうものがあるとは思わない。

が、少なくとも俺の魂には拓郎の曲に共振する何かがある。



心の中の拓郎は昔のままなのに、

現実の拓郎はどんどん歳をとっていく。

若いタレントに弄ばれる拓郎を見ると心が痛い。



拓郎がまだ広島フォーク村にいた頃自主制作したアルバム。

「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」



俺だけが古い水夫のままで、新しい海に漕ぎ出せないでいるのかもしれない。


ブランド品


先日、どこからともなく変なメールが届いた。

イミテーションの時計を買いませんか?と書いてある。

添付のアドレスをクリックすると、まぁ、あるわ、あるわ。

ローレックスにオメガに、カルティエに。

正々堂々とイミテーションと書いてあるところにある意味、潔さを感じる。

ま、値段を見れば俺みたいにブランドに疎い人間でも偽物だと丸わかりだが。



で、イミテーションでは珍しい出色品と書かれたローレックスが目に付いた。

メールは既に破棄してしまっているので型式については記憶が定かでない。

12,000円と書いてあったが、実際はいくらするものなのだろう?

と気になって、本物の値段を調べてみた。



何と、120万円。

100倍精巧というのは少々考えにくいから、

100倍ステイタスを感じることができる、ということなのだろう。

もしくは100倍長持ちするか。

いずれにしても、どんな原価構成になっているのか非常に興味がある。



あるモデルでは、本物と偽物の違いについて、

本物は自動巻きで針がカチッカチッと動き、

偽物はクォーツで針の動きがスムーズ、とか書いてあったが、

そんなのいちいち見る人もいないわけだし。

要は、自分がどれだけ満足するか、ということなのだろう。



俺は、到底120万もする時計を買うような余裕はないから、

偽物で十分満足すると思う。



仮に120万手元にあったとしても、

そもそも余裕のある120万ではないから、そんな物を身につけても、

とてもステイタスなんか感じる余裕はないだろう。

120万の腕時計をしてバス通勤。

ちょっと、涙ぐましくて、辛いものがある。

ブランド品の財布の中に1000円札1枚じゃあまりに物悲しい。



金さえあれば、またローンを組めば、ブランド品も買えないことはない。



だが、どうもブランド品は買い手を選んでいるような気がしてならないのだ。



不釣合いな持ち主を見て、せせら笑っているのかもしれない。





短時間睡眠


テレビで短時間睡眠の特集をやっていた。

歴史上の人物の中にも短時間睡眠は結構多かったらしい。

エジソンが4時間、

ナポレオンが3時間、

ダビンチに到っては90分。

俺の場合は平均すると4.5時間。

もう20年以上も続いている。



短時間睡眠の場合、健康に与える影響が心配だが、

8時間睡眠の人間と比較しても、疲労回復等に必要なREM睡眠時間が、

ほとんど変わらないそうだから、特に問題はないらしい。

と、言うことは長く寝れば寝るほど惰眠をむさぼる、ということになるのだろうか?



一日で4時間の有効活用。

一ヶ月で120時間、そして

一年では、2ヶ月の有効活用ができる計算になる。

単に寿命が延びるというのではなく、その歳でしかできないことが、

たくさんできるようになる、ということだ。

二十歳代でしかできないこと、考えられないこと、そして感じられないことが、

一年で丸々2ヶ月も余分にできるようになる、ということだ。



短時間睡眠は特殊な能力ではなく、

習慣化によって誰でもできるようになるそうだ。

だから、俺もみんなにお奨めしたいのだが。



まずはその時間を使って何をしたいのか、をよく考えることが必要だ。



2ヶ月間をボーっとして暮らすのなら、

寝てた方がずっとましだ。





計画


部下が今年一年間の計画を作って持ってきた。

利益目標、売上目標、そしてそこに到るまでの手段目標。

何をすることで目標を達成しようとしているか、大体書かれているようだった。



一見して、少々詰めが甘いような気がしたが、

しばらく思うようにやらせてみて、四半期が経過した頃に指導しようと思っていたが、

計画のできばえについて、俺の意見を強く要望したので、気のついたことをコメントした。



1年後に、どのような業績を上げようとしているのかは明確になっている。

達成のための手段も大体網羅されている。

しかし、計画達成のために、今日何をすべきか、が明確でないのだ。

今日、何をすべきか、一日が終わってそれができたかどうかが確認できないような計画は、

決して実現することはない。



1年後からさかのぼって、半年後、3ヵ月後、1ヵ月後の姿を描き、

更にさかのぼって1週間で到達すべき点、そして、そのために今日なすべきこと。

厳しいようだが、それが明確になっていないと前に進まないのだ。



そこまで落とし込むにはかなりの時間と労力を要する。

しかし、計画段階で思い切った時間を使うことで、後の進捗がすこぶる楽になる。

問題が起きた時の原因が明確になり、的確な軌道修正をすることもできるようになる。



計画とは1年後、3年後の姿を明確にするのが目的ではなく、

そのために、今日何をすべきか、を明確にするものだと俺は考えている。




面接


そろそろ、来年度新卒の面接が増えてきた。

今日も女子大生数人と面接。

ドアの開け方、入り方、会釈の仕方に座り方、とほぼ完璧に近い。



俺の隣の面接官が、一通り基本的な質問をしてみたが、ロールプレイングを徹底しているのか、

立て板に水、といった感じの話し方をする。

しかし、表情は緊張でかなりこわばっており、声もどこか上ずりがち。



俺の職場は接客業だから、

平素どのような表情で、またどのような声の調子で、お客様と接するのか、

地の表情を想定しなければならない。



他の面接官の質問が終わったので、俺は一言聞いてみた。

好きなタレントは誰?

よく見るドラマは何?



想定外の質問に一瞬動揺したようだったが、

表情が一気に和らぎ、街を歩く20歳の女性に戻ったようだった。



ほんの数分間で自分を売り込む、ということはかなり難しいことだ。



しかし、自らを糊塗して売り込んだ後にはそれ以上の困難が待ち受けているし、

化粧をする前のすっぴんの女性に魅力を感じる男もいることを忘れないで欲しい。



塗るのではなく、磨くことが大切だ。




ラーメン屋


広島で多い飲食店といえばやはりお好み焼き屋なのだが、

最近、ラーメン屋がかなりの勢いで増えつつある。

それも、都会の有名店を意識しているのか、こざっぱりとした感じのラーメン屋が多い。



先日覗いてみたラーメン屋も、インテリアはショットバー風、

音楽は、モダンジャズ。

店主は若い男性で、バンダナのようなものを頭に巻いて、

いかにも、といった感じのチャーシューを切っている。



肝心の味なんだが。

俺には口には合わなかった。

いや、美味く感じなかった。



ハーパーは、どこで飲んでも同じ味だ。

1時間1万円のクラブで飲もうが、

1ショット500円のバーで飲もうが、

ハーパーの味に変わりはない。

味に変わりがないから、儲けるために色んな工夫をする。



ラーメンは工夫次第で色んな味が出せる。

美味くするのも、まずくするのも自分次第。

美味ければ、どんなに汚い店であろうが、

シルクのネグリジェを着て寝るような姉さんたちも食いに来てくれる。



見た目から入るラーメン屋。

どうも土俵を間違えているような気がしてならないのだが。






栄養バランス


歳をとるに従って、結構健康に気を使うようになってきた。

特に俺のようにタバコは吸うし、酒は毎晩、

おまけに晩飯も食わずにいきなりクラブやラウンジ、ということも結構多いから、

少々体のことが心配になってくる。

少しでも健康維持を、ということで、

毎日、ローヤルゼリーにマカ、ビタミンにミネラルと、健康食品をこまめにとるようにしているし、

野菜が不足気味だと感じたら、昼は野菜たっぷりの中華丼を食うことにしている。

肉や魚も俺なりに考えて食べるようにはしているつもりだ。



体にはタンパク質、脂肪、炭水化物と素人なりに考えているのに、

最近は、頭の栄養バランスについては全く気を使っていないことに気がついた。



俺が最も勉強したのは、20代の後半から、30代の後半にかけて。

経済や経営、政治に社会科学。

コンサートや映画にもちょくちょく行っていたし、

小説もよく読んだものだ。

それに、たまに展覧会に行ったり、絵を買ったことも。



それが最近はどうだろう?

さすがに仕事柄経営のことについては細々と勉強を続けているが、

後はさっぱり。

映画はエロ映画が多くなったし、音楽もせいぜいショットで飲みながら聴くくらいだし。

本も読むのが面倒くさくなったし。

その代わりに多くなったのが、ギャンブルに酒に女。

反動という言葉で片付けるにはあまりに情けない状態だ。



頭の栄養があまりに偏りすぎてしまっている。

このままでは、頭が糖尿病になるかもしれない。

しかし、今さらサイトを閉鎖するのも少々気が引けるし、

だからと言って今の状態を続けるのもあまりに不健康だし。



明日からは少しずつリハビリを始めてみるか。

まずは、寺山修二と開高健の読み返しから。



但し、「書を捨てよ、町へ出よう 」はしばらく封印。

また、ここに帰ってきそうだから。




したたかさ


昼に、ココイチでカレーを食った。

2カラにすると高くなるので、普通の辛さにして、無料の激辛スパイスを振り掛ける。

毎日食べる気にはならないが、たまに食うと結構うまい。

チキンフライカレーの400gを食って、満足して店を出た。



俺がいつも行くココイチは、中央通という、わりと大きな道路沿いにあるのだが、

道路だけでなく、歩道も結構広い。

店を出て、その歩道を80mほど歩いた時だった。



ココイチの店員とおぼしき女性が、ほうきとちりとりを持って掃除している。

店からは遠く離れた場所で、だ。

俺は感心して聞いてみた。



ココイチの店員さん?

はい。

店から随分離れているけど、こんなところまで掃除するよう、指示があるの?

ええ、指示というより、地域に貢献しなさい、という指導がありますので。

偉いね。



メニュー作り、店舗運営・・・。

前から感心することが多い店だったが、

想像以上に、したたかな経営者かもしれない。





エントリーマシン


久しぶりに大型家電量販店のパソコン売り場をのぞいてみた。

もう、CRT型のディスプレイなどなく、全て液晶ディスプレイになっていた。

マシンの筺体も、薄型縦置きタイプで非常にスマート。

そして、ほとんどのマシンにDVD-RWが搭載されている。

店員に話を聞くと、20万クラスが一番の売れ筋らしい。



どこを見ても、DVD-RWの素晴らしさを説明するパネルばかり。

記憶容量がどうだとか、ビデオテープを編集して保存できるとか・・・。

パソコン初心者にはとても扱えないようなソフトがインストールされている。



こんなソフト、初心者それも高齢者には無理でしょう?

そう店員に問い掛けると、

無理ですね。



で、結局高いマシンを買わされて、孫とのメールや年賀状つくりにパソコンを使う、

というパターンに落ち着くのであろう。

新橋から東京へ行くのに、ロケットで行くようなものだ。



俺が今使っているマシンはディスプレイ抜きで、36000円程度で組みあがっている。

十分実用に耐えるマシンだ。

しかし、メーカーがこんな安いパソコンを売っていたのではほとんど利益が出ない。

だから、どこを見回しても20万以上のパソコンしかないような売り場にしてしまう。



技術の進歩に任せて高級マシンを作り、

活用の場と言えば、DVD-RW一辺倒。

テレビも見れますって、どこか勘違いしていないか?



出荷台数が減少の一方、と嘆く前に、

売り方に検討余地が多分にあると、痛感した一日だった。





選挙運動


野球観戦を楽しんでいた、午後8時前。

珍しく、家の電話が鳴った。

ひょっとしたら悪い知らせかな、と思い、面倒ながらも受話器をとった。


すると、電話口から、

「県会議員○○の事務所です」

一気に不快モード突入。



もうすぐ県議選がありますのでよろしくお願いします。

何をですか?

いえ、選挙がありますので○○をよろしくお願いします。

何でですか?

○○も頑張っていますので。

みんながんばっとるよ。



選挙運動ってどうしてこうなんだろうか?

お願いします、お願いします、よろしーーーーーく、お願いします。

○○、○○、○○、○○、どうか○○を男にしてやってください。



現状はどうで、どのような問題があり、その原因は何で、

それに対して、どのような行動をとり、いつまでに何をどうするのか。



俗に言う、公約という奴だが、俺はほとんど聞くことはない。

聞きにいかない俺にも問題はあるのだろうが。

もし、そのあたりをスパッと説明してくれたら、

むしろ、こちらの方から是非お願いします、といって議員になってもらうのだが。



そんな肝心なところをすっ飛ばし、

とにかくお願いします、で通った後は、

誰?あんた。



ネット上でいつでも公約が聞ける、

演説が見れる、

公開討論ができる、

そして投票もできる。



そうなったら不精な俺でも少しは政治に関心をもつのだが。





もっと語り合いを


戦争というテーマはいささか重過ぎて、

粗相で書いても虚しいだけだから、あえてここでさらっと書くが。



フセイン政府を倒し、イラク市民に真の民主主義を、というのが大義名分であったのだが、

今はその市民が、人質状態になってしまっている。

いつでも始末できる人質状態になってしまっている。

今日のニュースで、市場が誤爆され、市民58人が死亡と伝えられていた。

犠牲者の中には女性や子供も多数含まれているという。

そして、クウェートシティのショッピングセンターもイラクのミサイル攻撃を受けたらしい。



今後も誤爆という名の人質殺しが続くだろう。

フセインが人質の虐殺にどこまで耐えられるか。

ブッシュが人質の虐殺をどこまで続けられるか。



捕虜に対する虐待を協定違反だとか騒いでいるが、

そんなものが人間の感情を超越した場で通用するわけもなく。



殺す方も殺される方も切ない。



ブッシュとフセインが炉端で一杯やりながら、

人生について語り合う場を設けてやりたいものだ。


郷土代表


島根県隠岐島。

ひと頃、この島にクライアントを持っていたから何十回訪問したかわからない。

とにかく魚のうまいところだ。

それにあわびにサザエ。地酒もうまい。

信じ難いだろうが、何とフィリピンバーまである。

人情も厚く、俺は今でもこの島が大好きだ。



そんな隠岐島から隠岐高校が春の甲子園大会に出場した。

公式野球部創部14年目で初出場。

縁のあった俺は、同じ中国地方ということもあり、声援を送ったのだが、

強豪浦和学園に15-1の大差で敗れ去った。



隠岐高校は21世紀枠で選ばれたとは言え、秋の県大会でも優勝している。

しかし、結果は大敗。

実力校の前に全く歯が立たなかった。



実力校。

俺がいつも気になるのが、越境入学だ。

野球のために地元を離れ、甲子園出場確率の高い、

もしくは自分の技術を高めるためによりレベルの高い学校に入学する。

以前、ベンチ入りした選手の中で地元出身は二人しかいなかった、

と言うチームがあったことを記憶している。



一方隠岐島。

甲子園に出たことなど一度もない高校。

おまけに後鳥羽上皇や後醍醐天皇が流刑にあったような離島だから、

越境入学はまず考えにくい。



純粋な島根県高校球児で構成されていると考えて良いだろう。



別に俺は越境入学が悪いとか言ってるのではない。

金で優秀な中学生を全国から集めても構わない。

ブラジル人が混じっても別に構わない。

ただ、郷土代表、というのはどうも引っかかるのだ。



俺も古い人間なのだろうか。


サービス提供者の心遣い


久しぶりに飲屋のお姉さんと同伴した。

行ったのは北京料理で有名な八○閣という店。

あらかじめ一人7000円の鳳凰というコース料理を予約していた。



序盤からフカヒレスープ、北京ダッグと定番料理がどんどん出てくる。

カニ爪のアーモンド巻きフライとか、海鮮クリーム煮とか。

紹興酒を飲みながら、次々と胃袋に収めていく。



そのうち、腹が苦しくなってきた。

あと、何が出てくるのだろう?

ちょっと心配になってきた時に、若いボーイが個室に入ってきた。



俺は、「あと何が出てくるかね?」と聞いてみた。

すると、ボーイが「いくらのコースでしたか?」と聞いてきた。



おいおい、いくら飲屋のお姉さんと言えども、

俺がもてなしとして招いているのに、

その客の前で「いくらのコースでしたか?」はないやろ?



高級北京料理と標榜する店でさえ、こういうことを平気で聞く従業員がいる。

こういうことが積もり積もると、徐々に客足が遠のいて行く。



そして経営者は、「最近客が減ったなぁ。何でだろう?」

と、答えの出ない問題に頭を悩ます。



会計の時に、一言「いかがでしたか?」と聞かれれば、

店のためになることも言えたのだが。



代々木健介44歳。

勉強することはまだまだ多い。


ネットでの自己表現


インターネットの利用者が増えるに連れ、

ネット上で自己表現、自己発信をすることが簡単にできるようになった。

自分で文章を書き、それをネット上で発表することで、印刷屋や出版社、さらには、

書店を経由することなく、自分の著作物として販売できるようにもなってきている。



書物どころか、自分がラジオのパーソナリティとなって聴取者とコミュニケートすることも可能だ。



昨夜俺は、リンク先のココロノコエを運営しているユカリさんのラジオ番組を聞きに行った。

WINAMPというソフトを使って、彼女が話すことをパソコンで聞いていた。

話す内容は、これまたネットの掲示板で寄せられたリスナーの意見に応えるというもの。

コメントはリアルタイムでどんどん増えていく。

そしてコメントはみんなが見れるから、話がどんどん深まっていく。

俺も掲示板に一言コメントを寄せていたが、俺のコメント紹介が近づく頃は、

正直、ドキドキしてしまった。



中学生、高校生の頃、ラジオの深夜番組にハガキを出し、

それをパーソナリティに読んでもらったことがあるが、その感動を味わってしまった。



そんなことが、個人単位でできるような時代になってきている。

音声がネットに乗る、ということは当然映像も乗って来るようになるだろう。

そうなると俺の汚い部屋もテレビ局にすることができる、というものだ。



俺がルーレットを回す様をネット上でリアルタイムに公開する時が来るかもしれない。

みのもんたより・・・も、ラジオ形式になるかもしれない。



ネット上では誰もが主人公になれる可能性がある。

それを活かさない手はないではないか。



面白い世の中になったものだ。